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小川征二郎

小川征二郎

フードジャーナリスト。現在パリに在住し、サロン・ド・ショコラ等のイベントや、パリの最新パティスリーを取材している。


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小川征二郎のパリ通信


Vol.162 春の異変

 

 毎度の事で申し訳ないが、4月と言えばパック(復活祭、英語圏ならイースター)の話である。今回もお付き合いいただきたい。キリスト教信者が多いフランスを始め、ヨーロッパ各国、年行事の中でもパックのお祭りは最重要行事のひとつである。カトリック、ピューリタンに関わらず大切な行事に変わりはない。
 宗教離れが増えていると言われながらも、キリスト教徒、特にカトリック系の多いフランスでは、日々の暮らし、人々の営み全てが、何らかの形でキリスト教との関わりで成り立っている。今年は4月1日がパックの祝日となった。という訳でこの日は学校も休みである。
 
 さらに4月13日からは春のバカンスが始まる。この休暇は4月28日までと凡そ2週間、実に休日の多いフランスである。春のバカンスと言えば、この休日を利用して、スキーを楽しむ人が多い。この間学校も休みなので、それに合わせて親も休暇を取り、家族連れでスキーへ出掛ける人たちが増える。
 異常天候の続くフランスである。この冬は雪不足で各所に異変が起きた。スキー場が数多くあるアルプス地方やピレーネー地方でも、1月、2月とスキーのできない所が多かった。
 スキー客を目当てのリゾート地でもあるこの両地域は、完全にお手上げ状態であった様だ。バカンス期になれば、現地からその様子を伝えるのがフランスの各テレビ局である。そのテレビ局が特別番組を組んで雪不足に悩むスキー場の様子を特報として伝えている。とにかく雪が降らないという異常気象。人工雪を作っても、滑れるゲレンデが成り立たないという。結果、当然の様に大量のキャンセル客がでる。
 ガラガラのホテルを映し出した画面に、「もうどうしようもない」と嘆くホテル・オーナーの声が空しく響く。いつもの年なら賑わう、レストランも貸しスキー店もお土産店も開店休業の状態である。

 そんなこの冬の状態であったが、復活祭を機にまたまた天候異変が訪れる。一部地方にとっては神の恵みである。今、フランス山間部特にアルプス地方やピレネー地方に思わぬ雪が降り続き、スキーができる様になっている。地元観光業者は大喜びしているそうだ。
 この状態が続けば、本命の春のバカンス期にスキー客が戻ると観光業者を始め、地方自治関係者も諸手を挙げて歓迎、期待しているそうだ。
 
 その一方では、雨続きで水害が続出している。特にフランス北部地方の水害地では、すでに3週間以上も床上浸水の地域が多く、水が引いても使えないという家屋が増え続けているそうだ。この地方は低地に家屋を作った所が多い。今年は特に雨が多く、洪水箇所が増えたという。まさに自然災害による惨事である。
 
 ここに来て、黄金の丘陵を持つと言われるブルゴーニュ地方でも水害が広がっている。河川氾濫、特殊地形のための溜水で床上浸水の家屋が増え、消防隊を始めとする救助隊が出動、対応しているが、家に閉じ込められた被災者をボートで救助するだけで精一杯の状態であるという。
 ブルゴーニュと言えば、世界最高のワイン産地。白ワインで有名なシャブリ村でもカーブが浸水、必死で樽の床上操作を続けているが、追いつかないワイン農家が続出しているそうだ。私が住むモントローからシャブリまでは車で1時間の距離。普段は丘陵に沿って美しいワイン畑が広がる長閑な村である。真に残念であり、自然災害の怖さを改めて感じているところだ。
 被害がどれだけ広がるか解らないが、今年のブルゴーニュ・ワインのできを心配するワイン業者は多い。場合によっては値上げの可能性もある。

 先日、パリに出かけた。この日も雨が降り続けていた。モントローからパリへと向かう線路はセーヌ川沿いを走るところが多い。そのセーヌ川の上流はモントローでヨンヌ川と合流してパリへ、さらに大西洋へと流れる。ヨンヌ川の上流はブルゴーニュである。
 モントローからパリ間にはいくつかの街や村があるが、セーヌ河岸に家を建てているところが多い。川と家の間に庭や畑があり、少し段のある石垣や土手の下にセーヌ川が流れている。今それらの家の庭までセーヌ川の水位が上昇。家々で土嚢を積み、懸命の防水作業が続けられている。
 あと何日か雨日が続くと床上浸水の家が出る事は間違いないだろう。平時は車窓から眺める庭に咲く花が美しかった。それを思うと胸が痛む。今日もまた雨の予報である。
 

【パックのショコラ】
 パリへ出かけた今回の目的は、今年のパック・ショコラ見物である。これまた毎度の事だが、私にとっては避ける事のできない重要事なのだ。今回もギャラリー・ラファイエット食品館から歩き始める。
 パックのバカンス前という事もあり、館内は比較的空いて見えた。見物するには良いタイミングである。入り口から中に入ると左に新しいブースができている。PLAQ(プラーク)という今話題のショコラ店である。右側にはフランスを代表するDALLOYAU(ダロワイヨ)がある。訪れる客は通路を挟んで、パリを代表する新旧店が迎える形となる。
 通路に沿って歩くとピエール・エルメ、ピエール・マルコリーニとフランス、ベルギー巨匠のブースがある。相変わらず多くの客を集めている。さらにヤン・クヴルー、以前この稿でブティックを紹介した事がある。今年もトレード・マークの狐を面前に出したパックのショコラを作成している。パッケージにも独自の世界観を、相変わらずセンスの良さを披露している。
 アニメっぽい世界を作り出したのがL’ECLAIR DE GENIEである。可愛い兎や豚の作品は若い女性や子供達に大受け、アイデアの勝利と言えそうだ。良く売れていた。

 ALLENO&RIVOIREも新しく登場したブースである。二人のシェフの名前を取ってブランドとしたとの事だ。2022年7区にショコラトリーをオープン、忽ち人気店となる。アレノは有名レストランPavillon LEDOYENのシェフ、このレストランのデザート・シェフをしていたのがリヴォア―ルである。こういったつながりでショコラ界に進出したユニークなブランドである。昨年のパック時には未だ食品館にブースはなかった様な記憶がある。
 次々と新しいショコラ・スターが登場するパリのショコラ界だった。これからどんな人気店が出現するか目を離せない。それだけ楽しみでもある。

 ついでにと言っては何だが、同じフロアで人気のブースも見てみる。BARKAZANAはパンケーキで人気の店だ。いろいろなアイデアのパンケーキを作り、そのいずれもがヒットしている話題の店である。一度ブリオッシュを買って、食してみたが本当に美味しかった。

 同じように多くの客を集めていたのがCHEZ MEUNIERだ。ここはこの食品館の主役的役割を果たす存在である。パン、ケーキ類いずれもがアイデア豊富、それ故、客の関心も高いそうだ。このブースは以前、この稿でカラフルなクロワッサンを紹介した。
 その他、ショコラ老舗のLOUIS FOUQUETのブースも新たに登場している。さらに日本でもお馴染みアラン・デュカスのLE CHOCOLATブースもある。フロアをひと回りして、ここに来たら必ず立ち留まり場、地下階を見下ろすエスカレーター横に立った。普段はここから見下ろす位置に野菜や果物を集めた特設コ―ナーがある。
 上から眺めるこの特設コーナーのディスプレイが見事で、いつ見ても飽きが来ない。今回同じ場に立って見下ろすと、ここにパックのショコラ特設コーナーができている。これは珍しい事だ。それだけパックのショコラ・ビジネスに力を入れているという事だろう。
 ギャラリー・ラファイエットはさすがにパリを代表するデパートである。その情報発信、有名ブランドを集める力量、いずれも他を圧倒している。今回見たのは食品館だけであったが、このデパートの存在を再認した。

 食品館近くにスイス・ショコラのLindtのブティクがある。詳しく調べた訳ではないが、ショコラ・ブティックではパリ一番の大きな売り場を備えていると思う。品揃えも豊富、驚くほどの数、量、種類を集めた売り場である。
 場所がオペラ・ガルニエのすぐ横、先のギャラリー・ラファイエットから歩きで1分足らずと年間通して観光客が多い場にあり、店へ入る客も多い。特にクリスマスやパック、バレンタイン期には集客も半端でない。結果、レジには並ぶ人で長い行列ができる。インターナショナル・ブランドの人気、活況ぶりは凄い、と、ここに来るたび思う。
 パックという時期でもあり、それ用の製品が数多く揃えてあった。昨年、訪れた時にはなかったが、店内奥に大きなカフェができている。明るく、清潔な空間、高級感もある。過っては商品棚が置かれ数多くの商品が並べてあった場所。よくぞ思い切ってカフェを作ったと感心する。間違いなく新たな集客を意識した店舗作りである。
 
 
【ショコラの老舗コート・ド・フランス】
 Lindtブティックを出てオペラ通りへと向かう。新旧ショコラトリーがしのぎを競うこの通りで、新しい店を差し置いて1936年創業のCOTE DE FRANCEに行ってみた。
 先日、この通りを歩いた時、偶然だが、この老舗店のパック用ディスプレイを外から見ることができた。ショーウインドーに大小卵ショコラが飾ってある。奇をてらう事もなく昔ながら、いわば伝統的ともいえる飾りつけである。
 古ければ良いという訳ではないが、何故かこの様なデコレーションを見るとホッとする。パリの良さを再認識させてくれる、そんな感じだ。
 店に入るとアフリカ系の女性スタッフがひとり。忙しそうに棚の整理をしている。ひと通り店内の様子を見た後、撮影の許可を乞う。「どうぞどうぞ」の返答、感じの良いお嬢さんだ。店内全体がショコラに囲まれた夢の空間、ヘーゼルナッツ、アーモンド入りショコラなど、棚揃えの商品、パッケージからも老舗らしさが伝わる。
 撮影をしている合間にも次々と客が訪れる。観光客らしき人が多いのは、早めの春休みを取った人だろう。スタッフの女性が客の質問に答えながら、一粒のショコラを手に試食を勧めた。こういう対応は見ていても気持ちが良い。

 商品の製造拠点はフランス北部ストラスブール付近の工房でなされているらしい。老舗に相応しく、材料は厳選しているとの事、例えばヘーゼルナッツはイタリア産を、カカオはエクアドル産など産地から直接買っていると説明している。
 あまり知られてないが、この店のフリュイ・コンフィや冬場に良く売れるという。マロン・グラッセも美味しいとの評判が高い。
 今回、店を訪れてアレっと思ったのは、キャラメルがなかったことである。キャラメル風味のショコラはあるが、俗にいうキャラメルは売ってない。キャラメル好きな私はショコラティエに行くとその店のオリジナル・キャラメルを買う事にしている。
 20年前位、パリのショコラティエではどの店に行っても、オリジナル・キャラメルを製造販売していた。店それぞれの味があり、それを味わう、または味の違いを比べるのが楽しみだった。ショコラに比べ採算が取りにくいという問題もあるのだろう。そのオリジナル・キャラメルを売る店が減っている。
 オペラ通りでこの様なキャラメルを売っている店は、老舗の「フーシェ」くらいになった。キャラメル好きにとってはまことに残念である。

 残念と言えば、私の住むモントローのブーランジェリーからパックのショコラ飾りを見れなくなったことである。ほんの数年前は競うようにパックを祝った各店である。そのいずれの店から、あの懐かしい光景が消えてしまった。
 理由はひとつ、ブーランジェリーのオーナー交代である。数年前はヨーロッパ系フランス人が多く占めたブーランジェリーだが、そのほとんどが今アラブ系フランス人のオーナーとなっている。その結果、パックのショコラ飾りもショコラも、今年は店のショーケースから消えてしまっている。

 


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