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小川征二郎

小川征二郎

フードジャーナリスト。現在パリに在住し、サロン・ド・ショコラ等のイベントや、パリの最新パティスリーを取材している。


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小川征二郎のパリ通信


Vol.157 ル・ ボン・マルシェ食品部門が100年を迎えた

 

パリのデパート、ル・ボン・マルシェ(以下ボン・マルシェに)が好調との事である。とにかく良く売れているらしい。特に食品関係の売れ行きが良いという。ならばとボン・マルシェに出かけてみた。久しぶりの事である。
 コロナ禍からようやく解放された感のあるパリだが、その影響は各所に残っている。3年間の消費停滞はあらゆる部門にマイナス要素として、世の中に刻み込まれてしまった。物をできるだけ買わないという行動が、コロナ解放後も続いているという。
 コロナ期間中に蓄えたお金は主にバカンスなどの費用として使われているようだ。何とも羨ましい話である。海外へ出かける熟年層の人も多い。
 
 コロナ期間中でも比較的よく出かけたのは、デパートならギャラリー・ラファイエットである。ここの食品館、特にスイーツ部門は今パリで活躍、または人気のパティスリー、ショコラティエ、ブーランジェリーをうまくセレクトして、それぞれにスタンド展開をしている。
 広いパリをいろいろと回らなくても、ここ一カ所で今人気の店を知り、その商品を買うことができる。訪れる観光客もこの事を知っているようで、ここでお土産を買う人が多い。また店内イート・インもあり軽食をとる人も多い。
 
 クリスマスが近づくと本館中央に巨大なモミの木のデコレーションが飾られ、それを見るために訪れる市民も多い。長い歴史を持つ道沿いのウインドウ・ディスプレイは、工夫を凝らし、子供達に夢を与えている。パリ市民に冬の風物詩と言われるほどだ。
 パリで「デパートに行きたいけど、どこが良いですか」と尋ねると、多くの人が「ギャラリー・ラファイエット」と答えることは間違いない。それほど人気の老舗デパートである。コロナ中でも訪れる観光客数が一番多かったデパートと言われている。

 話をボン・マルシェに戻す。ボン・マルシェはパリで最初にできたデパートと言われている。1838年の創業、最初は生地屋であったようだ。百貨店としての基盤を作ったのがアリステッド・ブシコーと夫人のマルグリットだという。PRのうまさと安売り店としての両輪がうまくかみ合い、たちまち人気店となる。
 現在の建物ができたのはこの夫婦の息子の時代、オペラ座をモデルにして造られたと資料にある。パリを語るときよく言われるのが経済の右岸、文化の左岸という言葉だ。これはあくまでも私感だが、ボン・マルシェの成功は、左岸7区に作られた事、この事が成功のひとつではないかと思っている。理由はいろいろとあるが、まずは物珍しさにあっただろう。
 1984年ボン・マルシェはLVMHグループの傘下となる。いわゆるルイ・ヴィトングループである。これを機にボン・マルシェの高級化路線が始まる。それまでは真に地味なデパートであった。この試みは見事に成功した。

 現在、パリには五カ所のデパートがあるが、そのふたつボン・マルシェ、サマリテーヌ・デパートがLVMHグループの傘下である。いずれも高級デパートとして広く知られる存在だ。
 五つのデパートで、食品部門が完備しているのがギャラリー・ラファイエットとボン・マルシェである。左岸と右岸で競い合っており、いずれ甲乙つけがたいが、私の好みで言えばボン・マルシェに軍配を上げたい。
 ボン・マルシェの食品部門と言えば、パリのデパートで最初に食品を扱ったところと言われている。今年100年を迎えたそうだ。食品館は本館から離れている。その記念セールが食品館各部門で行われていた。
 食品館入り口に大きなバースデーケーキの飾りがある。もちろん実物ではないが、入場客に与えるインパクトは半端ではない。ほとんどの人がそれを見ながら店内へと入る。店内正面にも同じような飾りがあり、そこにジャムを始めとする各種コンフィチュールが飾ってある。
 その飾りを見ながらスイーツ関連のコーナーを歩く。棚に並ぶ商品のセレクトを注意深く見ると、イタリアの物が多いのに気が付いた。当然のことだが、初めてみるシンボルやロゴマークもある。
 なるほど、ボン・マルシェの食品バイヤーはイタリア商品に注目しているのだな、などと思いながらさらに歩くと、今度はナントの各商品があった。ナントはフランス・ブルターニュ地方の都市である。
 ブルターニュと言えばスイーツ関連では、まず塩キャラメル、同様にビスケットが有名である。ナントでも美味しいビスケットの店が多く、お土産としてよく売れる。さらに知られるのがガトーナンテである。アーモンド生地をベースにラム入りのシュガー・コ-ティングされた銘菓でナントに行った人なら必ずお土産に選ぶと言われるほどだ。
 その他にも食の都と呼ばれるリヨン菓子やプロバンス地方銘菓カリソンなど、地方菓子の老舗、名店商品をうまくセレクトしている。バイヤーの感性、目の付け所の良さを信頼しての商品構成だと思う。

 スイーツ・コーナーをひと通り見た後、パン売り場へと歩く。売り場をさらに拡張し、品揃えも増やしている。ここに来たら必ず一品買うことにしているが、今回はパン・オ・ショコラを買った。
 中に挟んだショコラの味も良いが、何と言ってもその魅力は大きさにある。このパン・オ・ショコラに限らず、クロワッサン、ショソン・オ・ポムを始めヴィエノワズリー全部が他のブーランジェリーに比べ大きい。
 前回はシュケットを買った。家に持ち帰ったまでは良かったが、うっかりして紙袋に入れたまま棚に忘れ、食べた時には味も形も変わり、あの独自のふわふわ感もすっかりなくなっていた。このお菓子はやはりできたてに限る。
 一説によると、ボン・マルシェのパンやガトーは建物地下階にある工房ですべて作られているそうで、ある意味できたてと言える。多くの人を引きつける要因のひとつと言えそうだ。

 バイヤーによるセレクトの巧みさはスイーツ部門に限ったことではない。例えば野菜果物コーナーでも、成程なと思わせる商品構成を垣間見ることができる。今が旬のブドウの品揃え、さらにキノコ類の種類、選択の巧みさ、特にキノコ類は天然物にこだわり、養殖物は少なめに抑えている。
 ジロル茸はフランス人が好むキノコの代表だが、天然物と養殖物ではその香りが全然違う。食通と言われる人は間違いなく森で採れた天然物を選ぶだろう。例え値段が違ってもだ。
 さすがと思ったもう一つは木の実類、椎の実、どんぐり、クルミ、さらに栗の実などどんな客が買うのだろうかと思わせるものまで売っている。こんなものを見ると、改めて百貨店の役割を考えさせられる。売り場の単価効率から見ると決して旨味のある選択とは思えないが、それでも売り場を作るバイヤーの心意気を感じてしまった。

 コロナ前までは食品売り場の一角に広いイートイン・コーナーがあり、いつも賑わっていた。実際、私も何度か利用した事があった。いつからか、このコ―ナが消え、その分売り場が広がっている。
 気軽に利用できる場であっただけに残念である。現在各売り場コーナー横にテーブルを置き、そこでセレクトしたものをいただくことができるが、何しろテーブル席が少ない。人目を気にして引いてしまう人も居そうだ。そういう意味では気楽に食べられたイートイン・コーナーの再設置が望まれる。

 食品館全コーナーを巡った訳ではないが、買い物をしなくても楽しい場に変わりはなかった。私がギャラリー・ラファイエットよりボン・マルシェに軍配を挙げた理由のひとつが、広いスペースを気軽に歩ける心地よさ。入り口に用意されたカーゴ車を押しながら歩いても人波を気にせず歩ける事の良さである。商品セレクトの面白さも挙げられる。久しぶりに売り場を歩いて、改めてそう思った。
 日本から訪れたという親娘とカフェ・スタンドで会話を交わした。パリに来たらボン・マルシェには必ず寄るという。その理由の一つは訪れる人を見る事の楽しさ。何ともお洒落な人が多いという。普通の人でもセレブ感が漂って見えるから不思議とも。
 成程、見る人は見ているのだと改めて感心。いうまでもないが、このお二人も大変お洒落な母娘であった。

 


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