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小川征二郎

小川征二郎

フードジャーナリスト。現在パリに在住し、サロン・ド・ショコラ等のイベントや、パリの最新パティスリーを取材している。


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小川征二郎のパリ通信


Vol.153 フランスの内憂

 

 きっかけは偶然のことであったと思う。パリ郊外南西部ナンテールで一台の乗用車をとめた警官が車内の者へ職務質問をしようとしたところ、それを振り切って逃げようとした。それを警官が拳銃で発砲、打たれて死亡したのは17歳アルジェリア系の少年だった。
 各種報道からの概要である。なぜ逃げた、なぜ撃ったかの真相は今のところ不明。撃った警官は逮捕されている報もあり謎のまま、現段階では明らかでない。
 この事件を機にフランス各地で騒動が勃発する。特にパリ、リヨン、マルセイユといった大都市部で暴徒と化した一部市民と警備の機動隊が衝突、暴徒の放火、略奪と収拾のつかない状態となっている。さらに地方へと騒動が広がり被害も拡大している。
 7月3日の段階で凡そ3,500人の逮捕者を、警備側でも700人以上の被害と報じている。政府はフランス全土で45,000人に警備員を動員して警備にあたると発表した。
 このレポートが皆さんの目に届く頃には、楽観はできないが、ある種の期待をこめて、この騒動も収束に向かっていると思っている。
 今回の騒動についてはいろいろな人が、多様な意見を述べている。中でも人種差別が背景にあるという人が多い。実際人種差別が恒常化していると言われるフランスだが、このことの歴史は古く、今始まったことではないと、個人的には思っている。
 多くの識者が指摘するように移民問題が要因の一つである事に間違いないだろう。自由、平等、友愛を国の標語とするフランスだが、現実にはいろいろなところでひずみが生じている。

 私が住むモントロー市はパリの南部イル・ド・フランスにあり、パリからはおよそ80kmの距離にある。パリ・リヨン駅が起点になるSNCF(国鉄)R線で、パリで働く通勤客が多い。朝夕の通勤時間帯は席に座れない人が出るほど利用者の多いライン、パリを出てイル・ド・フランス圏になるが、最初の停車駅がムランという駅である。パリからはおよそ30分の距離になる。
 ムランはセーヌ・エ・マルヌ県の県庁所在地で人口凡そ40,500人の古い歴史を持つ街である。パリを出発した列車がこの駅で停車すると、乗客のおよそ7割がここで下車する。その凡そ6割がアラブ、アフリカ系の人たちである。今では慣れたが、最初はびっくりした。まるでアフリカの列車に乗っている、そんな感じの車内の様子だった。
 初めてムランを訪れた時、街にはアラブ、アフリカ系の住民があふれているのではと思いながら中心地を歩いた記憶がある。ところが意外や意外、通りを歩く人にアラブ、アフリカ系の人が少ないのである。まるで雲隠れしたように見かけない。これには正直驚いた。
 後でわかったことだが、街の中心地、ここでも旧市街になるが。こことは遠く離れた場所に近代建築の新興団地があり、そこに多くのアラブ、アフリカ系住民を始め他民族の人たちが住んでいるそうだ。という事で普段はそれらの住民の多くを見かけません。とカフェのスタッフに聞いた話である。その団地には私もまだ行ったことがない。
 
 フランス政府は移民対策のひとつとして、都市の郊外にこのような集合団地を建設して対応してきた歴史がある。救済と隔離、相反する政策と対応だが、その代表がパリ郊外に数多く建設された団地ではなかろうか。
 フランスでよく使うバンリュ―(郊外)という言葉があるが、これこそが移民を象徴する言葉であるという人もいる。ここには疎外感を持つ多くの人々が住んでいる。
 バンリューは怖いというフランス人も多い。いつの間にかそういったイメージが付きまとうパリ郊外だが、ここには普通の暮らしを送る市民も数多くいる。では郊外がすべてが怖い場所であるのかというと私個人的には否である。通常怖いと言われる場は実は郊外以外でも数多くある。
 パリ市内を例にとっても怖いと言われる場所は数多くあり、そこでは麻薬の売買が公然とおこなわれており、通りを歩いていても密売者が近づいて来て声をかけたり、角々に立って販売している者をよく見かける。
 こういう売買に携わる者にアラブ系若者が多いのも事実である。今回の事件で警官が車を止めて職務質問をしたのも、そんな背景もあると言えるだろう。
 
 人種差別、移民、貧困、薬物売買、宗教問題などが複雑に絡み合って起きたのが今回の暴動である事は間違いない。こういう問題が起きる度に「騒ぎ屋」なる輩が登場して騒ぎを煽る。今回の騒動でもこの騒ぎ屋が暗躍している事を多くの市民は知っている。
 射殺した警官を非難する識者や文化人が多い現状だが、警備する側も絶えず恐怖にさらされながら職務を遂行しているのだと訴える警備側の声も聞こえてくる。それほど複雑な今回の暴動問題であることをわれわれも知っておく必要があるようだ。
 スイーツとは関係ないレポートではあるが、フランスで起きているできごとをお届けするのもある意味必要と思い綴った次第である。


【2023年クロワッサン最優秀賞を獲得した店】
 賞の総なめという言葉をよく聞くが、パリのブーランジェリーChez MEUNIER(シェ・ムニエル)はこの業界で賞に値する店と言えるだろう。2023年パリとイル・ド・フランス、クロワッサン・コンクールで1位を獲得。その他の年でもガレット・デ・ロワやパン・ビオ、タルトなどの賞を受賞している有名店である。
 今回、パリ19区にあるシェ・ムニエルに初めて訪れてみた。19区と言えばパリの北部、中心部からはかなり離れた場所である。メトロ7号線に乗り、Crimee(クリメ)駅で下車。クリメ通り口の階段を上がると、目の前に白い壁の店が現れた。
 既に行列ができている。人気店とは聞いていたがこれ程までとは正直驚いた。入り口と出口に分かれているが、入る人、出る人が途切れない。中には明らかに観光客と思える人もいる。評判をとるという事はこんな状態をいうのだろう。感心しながら列に並ぶ。
 店内でもショーケースの前に行列ができている。並びながらショーケースの中の商品を選び、スタッフの女性に告げる。スタッフの方が4人、いずれもベテランの女性だ。注文をした後は奥のレジに行き支払い、商品を受け取って出口へと向かう。とにかく忙しい。
 奥の厨房からでき上がった各種サンドイッチをトレイに乗せて、職人と思える男性がショーケースに並べていく。時刻は13時少し過ぎ、昼食を買う客も多く、サンドイッチやサラダ類が次々と売れていく。

 レジ近くに居たスタッフの方に撮影許可をお願い「客の邪魔にならないように」の注意に肯きながら、商品、店内の様子をカメラに収める。ショーケースのガラスに照明の光が反射して上手く撮れないが、この人混みでは仕方ないかと、どうにか撮り終えた。
 今年クロワッサン・コンクールで1位を獲得した焼き立てほやほやの物を2個買い一旦外に出て、近くのベンチに腰を下ろしていただく。こんがりと焼けた色合い、得も言えぬ香りが、申し分なし。やや小ぶりだが不足はない。一気に食べつくした。しばらく時間をつぶして2度目の入店。客も少し減っている。ショーケース近くに居た店の若い男性に店の責任者にお会いしたいとお願いしてみる。
 しばらく待って現れたのが、この店の責任者、マダム・セヴェリンヌさんだった。何とも感じの良いマダムで「いらっしゃい」の言葉に何となく安堵する。系列店舗の数が多く全体像はつかめないが、この店のことならお話しできます、との前提で話していただいた。
 「店ができたのは2014年。現在パリとイル・ド・フランスに12店舗ありますが、この店が始まりです。シェ・ムニエルはそれぞれの店で職人によるパンや菓子作りをしており、職人同士で切磋琢磨して励んでいます。オーナーが異業種からこの業界に参入した方で、周りのスタッフは同じように他のキャリアからパン作りの世界に入った人が多いです。」
  店のコンセプトの基本は厳選されたBIOの製粉を使用していること。今では多くの店がBIOのパン、ケーキを売りにしているが、2014年代はまだまだBIOの材料こだわる店は少なかったそうだ。
 パリの中心部にある店はパリ3区ランバトー通り、この通りはブーランジェリー、パティスリーの激戦区として知られる。食パンで人気のカレ・パン・ド・ミなどもこの通りにある。さらにギャラリー・ラファイエット内にも店を構えている。
 その他の店はパリの中心地から離れた場所で店を展開しているが、恐らく企業戦略の一環であろうと思える。それ故に各店舗とも競合することなく成功しているのだろう。
 
 今回19区の店で対応してくれたのはマダム・セヴェリンヌさんだが、創業者はキャロリーヌ・ル・メレールさんという女性である。元の職業はインテリア・デザイナー、業界では知られる存在の有名人である。独創的なアイデアで話題を作り高評価を受け続ける人物、ディズニーランド・パリにも進出を果たしているそうだ。
 シェ・ムニエルを訪れ、キャロリーヌさんのことを改めて知り、思い浮かべたのはモベール・ミュチュアリテ広場にあるイザベルさんの店だった。類まれなる才能で数々の賞を獲得し続けるイザベルさんとキャロリーヌさんの二人の女性。
 キャロリーヌさんがコーディネーター、組織力を発揮して発展続ける存在なら、一方のイザベルさんはある種のスイーツ界の天才と言えそうだ。孤高を保ち自分の城を守り続け、多くの支持者を集める。
 私が知らないだけで、パリのブーランジェリー、パティスリー界には活躍する女性が数多くいると思う。機会があればそれらの方々に会ってみたいと思っている。

 


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