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小川征二郎

小川征二郎

フードジャーナリスト。現在パリに在住し、サロン・ド・ショコラ等のイベントや、パリの最新パティスリーを取材している。


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小川征二郎のパリ通信


Vol.151 柏餅を探してパリを歩く/パティスリーYANN COUVREUR

 

【柏餅を探してパリを歩く】

 5月5日モントローは朝から雨だった。昨夜思い立ってパリ行を決めたのは急に柏餅を食べたくなった故の事。もう何年も食べてないのに、時々こんな思いになる事がある。一向に止みそうにない雨、明日に延期しようかとの思いが湧くが、意を決してバス停へと向かう。
 11時16分パリ・リヨン駅行きの列車はブルゴーニュからの長距離列車、古い車両が何両も連なる。利点は只ひとつトイレが付いている事。何時洗車したのだろうかと訝る程に窓も汚れ、曇っている。幸いの雨で幾らかきれいになってホームに到着した。

 季節は今桜も散り、自然界全てが新緑に包まれた様に変化した。パリまでの凡そ50分は若葉色と緑色をキャンバスに塗った様に車窓に映りだされている。その上を流れる雨跡が幻想的だ。フォンテヌブローの森が一番美しい季節である。
 ムランを過ぎた頃から雨雲が途切れ青空があらわれた。パリに到着したころには爽やかな五月晴れとなり眩しい日射しが街を照らしている。
 リヨン駅の14番線はエレベータ―設置のために工事中。来年のオリンピック前には完成するようだが何とも不便なホームの状態が続いている。到着した無人電車に乗りピラミッド駅で下車。このピラミッド駅界隈はアジア食関連の店が多い事で、パリの若者に人気の場所である。
 取り敢えずこの界隈にある日本のパン屋やケーキ店で目的の柏餅を探す事にする。最初に向かった店は日本パンが売りのAKI、毎日行列ができる店だが既にできていた。ここは日本のパンやケーキブームを起こした、パリ発祥店として知られる。
 それ以前にも日本パンを作るブーランジェリーはあったが、パリの若者達を虜にしたのはここアキのメロンパンと言われる。行列に並び順番が来たので店のスタッフに柏餅が欲しいと伝えたが「申し訳ありません、柏餅はありません」の返事。仕方なく小豆餡の餅と食パンを買う。
 以前、柏餅を買った事を思い出し、日本食品店「京子」へと向かう。随分前の事なので果たしてと危惧したが、ここでも空振り。アルバイトの店員さんに「柏餅、売っていたのですか」と、逆に聞かれる始末。
 ならばと、同じ界隈のもう1軒の日本パン・ブーランジェリーへと歩いたが同じように「ありません」と、フランス人スタッフに振られてしまった。

 最後の拠り所「朋(TOMO)」に行く。ここで無ければ諦めようと思いながらサン・タンヌ通りの角を右へと曲がった。ここでも行列ができている。朋についてはこの店ができた当時、パリにどら焼き店ができたとレポートした記憶がある。
 あれから何年、確か2016年が創業であったと思うので、既に7年が経った事になるか。日本人菓子職人村田さんとフランス人ロマンさんの共同経営。村田さんは以前パリ左岸の「和楽」で和菓子作りをされた方と聞いた。
 コロナ禍など難しい時期もあったが、順調に店を維持。今ではパリの和菓子店を代表するまでになっている。店内飲食コーナーは毎日フランス人客で賑わい、週末などは席待ちの行列ができる程。という事でこの店を訪れた訳だが、残念ながら柏餅は売り切れという事であった。この段階で今年の端午の節句柏餅は諦めることにした。
 再びAKIに行き、どら焼きを買う。ここのどら焼きは店手作りで、粒餡も自家製。訪れたら必ず買っている。材料は全て日本からの輸入との事、コロナ禍などに伴う運送費の高騰でほとんどの商品が値上がりしどら焼きも1個4ユーロを超えた。日本円に換算すると現在のレートでは1個600円、高いどら焼きである。この値段は朋も似たような設定だ。

 日本に帰った時、フランス製チーズの高さに驚いたが、今パリでどら焼きの高さに驚いている。無理をして食べる事もないがついつい。それにしても列に並んでも食べたがるフランスの若いお嬢さんたちのゆとりに感心しながら店を後にした。


【パティスリーYANN COUVREUR】

人気のパティシエ、ヤン・クヴルールの名を知ったのはギャラリー・ラファイエット食品館のスイーツ・コーナーである。ここには今、最も人気のある食品関連企業が数多く出店しているが、特に人気が集まるのが有名パティスリーやショコラトリー。これを求めてグルメと言われる方達が大勢訪れる。
 そんな中で今が旬と言われるパティシエ達が狭いスペースの中でしのぎを削り、コーナー確保に励むと言われている。激しい競争に勝ち抜いているひとりがヤン・クヴルールとの事。ここで彼の名前を知った訳だが、それまでは存在すら知らなかった。不勉強、不徳の致すところである。
 彼の名前を知り、丁寧に作られた美味しそうな商品を見て、頭の隅っこに彼の存在がインプットされるようになる。そんな彼の店を知ったのは偶然の事であった。先のレポートでパティスリーKUBOを紹介した。
 パリ10区にある日本人経営の人気パティスリーである。メトロ・11番線ゴンクール駅から歩きで5分。訪れた時は方向を間違え20分位歩きまわってようやく辿り着いた。その時の帰り、メトロ駅、階段出入り口を降りかけ、ふと目の前に見えたのがYANN COUVREURの文字である。
 洒落た店作りの中に買い物客の姿が見える。メトロ駅真ん前の角地、こんな所にヤンの店があるとは思いもつかなかった。実にラッキーな瞬間である。この日は別用があったので表から店を覗くだけにして、日を改めて訪れる事にした。

 店を訪れたのは5月バカンスの最中である。パリの中心部や観光地はバカンス客で大賑わいの様相であったが、中心地から少しずれたここ10区はそれらしい人の姿も少なく静かだった。
 メトロ・ゴンクールで下車、エスカレーターを利用して地上に出る。目の前にあるヤンのブティック扉を押して店内に。窓際にイートインが並び、初老のカップルが午後の日差しを浴びながらカフェとケーキを楽しんでいる。
 ショーケースの内側で店長と見える若いムッシュがスタッフに何やら指示を出しながらでき上がったケーキを展示中だった。この日、シェフのヤンさんが留守である事は昨日問い合わせた時に解っていた。という事で店長が対応してくれる。
 まずは店内の写真撮影から始める事に。撮影の合間も次々と客が訪れる。ターコイズ・ブルータイル台の上に、ガラス張りショー・ケース。その中に各種ケーキが並ぶ。ひとつひとつのケーキいずれもがまこと丁寧に仕上げてある。一見、派手、煌びやかさはないが細部にわたり細やかな神経が行き届いたケーキの数々は流石である。
 思っていたよりケーキの種類や数が少ない。午前中で売り切れた商品もあるそうだ。ケースに並ぶのはまるで芸術作品、厳選された物ものばかり。ケーキの他にヴィエノワズリーが並ぶ。クロワッサン、パン・オ・ショコラなど見た目も美味しそうだ。
 店内は自然光を取り入れて、明るく清潔感にあふれている。店内奥に厨房があり、そこででき上がったケーキをスタッフがショーケースに運んだり、パッケージに包装したりと忙しそうだ。
 
 ヤン・クヴルールのケーキと言えば「まずはミル・フィ―ユです」と教えてくれたのはギャラリー・ラファイエット食品館ブースのスタッフだった。この日私が店を訪れたのは午後の事。ミルフィーユは既に売り切れであった。限定製造中との事で、如何しても欲しいという方は予約をお勧めという事だった。
 店長の話では、このミルフィーユの生地はそば粉を混ぜて使られているそうな。バターも良質、特別なものを、さらに使用するバニラはマダカスカル産、クリームも特別の拘りがあるらしい。

 ヤン・クヴルールは数々の有名レストランでデザート修行を重ねたシェフ。父親は書店を営み、スイーツ界とは縁のない環境であったそうだ。この世界に入るきっかけは実家の前にあったパティスリー。中学の時、学校の研修でこのパティスリーで初めてケーキ作りを体験する。これを契機にパティスリーの世界に入る。
 その後有名レストラン・シェフの下で修業、カリブ海の有名ホテルのシェフなどを経て2015年パリのヴァンセーヌにアトリエを設立する。同年パリ・ゴンクールにパティスリー・ヤン・クヴルール1号店をオープンする。現在パリを始めロンドンに7店舗を経営しているそうだ。超多忙という訳が良くわかる。

 パリで成功しているパティシエは、パティスリーで修行を重ねた系列とレストラン出身系に分かれるそうだが、ヤンはレストラン出身のパティシエと言われ、今一番波に乗るパティシエの一人とも言われている。
 混んで来たのでクロワッサンとタルトを買って店を辞退した。家に帰っていただいたが、いずれも申し分ない味であった。次回はどの店になるか解らないが、できればマレ店を訪れてみたいと思っている。何を食べるかはその時の楽しみに。
 私個人の事で申し訳ないが、パティスリーでのケーキ選びは、まずはエクレア。次がタルト・シトロンとなる。好きな順位という訳ではないが、ついついこの2種類を選んでしまう。他の店と比較するケーキはパリ・ブレスト。ほとんどのパティスリーで作られているフランス人に好まれているケーキだ。
 店を出てふと後ろを振り向くと店の入り口壁にキツネのイラストが描かれてある。ヤン・クヴルールのロゴ・マークで、自由と野生のシンボルだそうだ。
 2017年サロン・デュ・ショコラでアーティストのリシャール・オルランスキーとのコラボでショコラを材料とした凡そ5mのキツネ像を展示した。その後このミニチュア版が店に飾ってあるそうだ。今回は気づかなかったが次回訪れたらこの像も是非見たいと思っている。


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