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小川征二郎

小川征二郎

フードジャーナリスト。現在パリに在住し、サロン・ド・ショコラ等のイベントや、パリの最新パティスリーを取材している。


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小川征二郎のパリ通信


Vol.148 パン職人によるデモ抗議

 

1月19日、31日とフランス全土でゼネストが行われた。年金改革反対、教育、交通機関組合による政府への抗議ストである。パリなどはメトロ、バス、鉄道などの交通機関がマヒ状態に。学校も休校が続出した。久しぶりの大型ストである。
 そんな中、1月23日にはパリ市内でパン職人による政府への抗議デモがあった。参加者数百人と言われる。中には家族連れの人もいる。デモの理由は物価の高騰である。燃料費、小麦粉、さらにバターなど今の価格ではパン作りが続けられない。これ以上の値上げもできず、廃業の道しかないと深刻だ。
 実際ブーランジェリーの廃業も増え続けている様だ。従業員を減らし夫婦だけで営業を続ける所もあるらしい。高齢化も進みいっそ廃業にという話も聞こえてくる。デモでもして窮状を訴えたくなるその心情が痛く伝わる。
 ブーランジェリー界に限った事ではないが、私のまわりでも廃業をする店が増えてきた。世話になっていた近所のブシュリー(肉類販売店)が突然の閉店に。原因は諸物価値上げだそうだ。各種肉類の卸値が高騰、店で売値を上げても採算が取れない状態まで来ているそうだ。夫婦二人で商う店だったので、悪戦苦闘して店を続けるより閉店を選んだらしい。店の権利を売る貼り紙がガラスのドアに今も残っている。
 モントローで数少ない中華総菜店も先日オーナーが替わった。現在のところ、スタッフもそのまま残って営業している。料理も前のラインと変わりがない。調理人も残ったという話、現時点ではオーナーが替わったというだけで特別の変化はなく、客も常連が多い。

 フランスの窮状を数え上げても切りがない。恐らく世界中の国がこの様な状態ではなかろうかと推察される。そんな中での年金改革デモだが外国人である私の目にはある種の余裕が感じられる。
 現在62歳で年金生活に入れる国民だが、政府が提案しているのは62歳からの年金取得資格を2年延長するという事。それに対する反対デモである。デモ参加者にある種の余裕を感じるのは、その内改革案政府が引っ込めるだろうという過去の経験がある。
 フランスの年金取得額については複雑すぎて簡単には説明できない。所属した組合、そこでの職責、期間などにより違いがあり、私の知る範囲ではひとまとめにできない。私も日本の年金生活者のひとりだが、フランス人年金生活者の豊かさにはとてもついて行けない。それ程こちらの年金者は優遇されて居るように見える。
 一日も早く年金取得者になり、後はゆっくりバカンスや畑作りをしながら老後を楽しむというのがフランス人の理想人生像、それができているフランス人社会である。

 

【パティスリー・KUBO】
 昨年、久しぶりにサロン・ドュ・ショコラに出かけた事は前のレポートで紹介した。会場に入り混雑する切符売り場横のゲートから中へといると、すぐ目の前にパティスリー・KUBO のスタンドがあり、フランス人女性が忙しそうに働いていた。
 ケースに各種クッキーやガトー・ショコラなどが並べてある。横のパッケージを見るとKUBOのロゴが。さらによく見るとShiso、Givre’の文字がある。このパッケージを見て初めてKUBOが日本人経営の店ではと気づいた。
 スタッフの方の話ではKUBOは日本人経営の店で、パリに店があるという。この日までKUBOの存在は知らなかった。名刺をいただいたので住所を見ると店は10区にあるようだ。機会があったら一度訪ねてみたいと思いながら実現することなく年を越した。

先日、久しぶりに飲茶が食べたいと息子がいうので、ベルヴィルまで出かけた。17時に中華レストランTAI YIEN前で待ち合わせ、それまでは別行動にする。オペラ界隈での用を済ませたのが15時半、待ち合わせまで凡そ1時間半の時間がある。
 この日のベルヴィル行きが決まった段階で気になっていた店、パティスリー・KUBOに行って見る事にする。以前いただいた名刺でベルヴィルからさほど遠くない事はわかっていた。メトロで一駅の距離である。できれば下見だけでもと思い、事前予約なしで訪れてみた。
 地図で見るとメトロ・ゴンクールから歩きでも10分前後で行ける距離、駅前のボードを頼りに歩いて見る。初めて歩くこの界隈、やたらと道路工事が多い。どうにか辿り着いた店だが、店の前も工事中で歩道の回りは柵に囲まれている。
 訪問前に予約を入れなかったのは理由がある。頻発するパリのスト、デモで交通機関が混乱し思う通りに動けないのだ。こればかりは現場での経験がないと理解できないと思う。という事で突然の訪問となった。

 ブルー・カラーの外観、その内部は白で統一されたお洒落で清潔な空間、さほど大きくはないが好感の持てる店構えである。入り口ドアを押して中に入ると、若いフランス人女性が仕事中であった。
 まず店を見せてもらえるかを聞いてみる。問題ないとの事、この段階でお客はいない。店内入り口右側に段差の付いたショーケースがあり、明るい照明の下に品の良い各種ケーキが並べてある。ひとつひとつのケーキが丁寧に作られて、技術の高さがひと目でわかる。いずれも美味しそうだ。ケーキで勝負している意気込みを感じさせる商品の数々である。
 白を基調とした店の作り、清潔感漂う空間だ。照明にも拘りがある様で店全体を浮き彫りにする工夫が各所で目に付く。中でもショーケースの照明が素晴らしい。ケーキを主役として演出する舞台を見事に作り上げている。 

 改めて感じた事は、まずパティスリーだけで店を運営するというその心意気である。パリの多くのパティスリーがそうであるように今やブーランジェリーを兼ねないと営業が難しいと言われる中、この決意は称賛に値する。
 どんな人がこんなケーキを作っているのか、改めてKUBOさんに会ってみたくなった。件のスタッフに尋ねると、残念ながらシェフはただいま外出中で留守との返事。という事で日を改める事にする。
 写真撮影はOKという事で店内と各種ケーキを撮らせてもらう。ショーケースの反対側にはテーブル棚があり、そこで椅子に掛けながらカフェを飲み、ケーキをいただけるようになっている。
 別の小棚には香水の小瓶が飾ってある。KUBOオリジナル香水との事、ひと瓶25ユーロと記されてある。匂いに拘るケーキ作りを心掛けるというこの店、香水作りにまで昇華している様だ。おそらく名字は久保さん、であるらしいこのシェフに益々会って見たくなった。

 

【ブーランジェリー・オ・ブレ・ドールAu Ble D’or】
 モントローの老舗人気ブーランジェリーAu Ble D’orが惜しまれながら閉店したのは2021年9月であった。コロナ禍で社会全体が揺れていた頃である。アラブ人経営者が台頭する中、フランス人家族経営の店として界隈のフランス人に支持されていた。
 跡を継いだのはカリブ海出身のアフリカ系オーナーであった。陽気で人懐っこい40代男性、スタッフも皆さん身内。唯一フランス人女性が店の表を担当していた。
 美味しいパンを焼き、パティスリーもトロピカル・フルーツを上手く使うなど珍しい商品を披露したりと、私個人は好きな店だった。難しい時期での出発、上手く乗り切って欲しいと思ったものである。
 先にも書いたが、諸物価高騰が続き零細ブーランジェリーが次々と閉店。Au Ble D’orもその波に飲み込まれるように店をたたむ。経営者の手腕というより時代に負けたという方が正しいのではないか。

 先月、相変わらず厳しい状況が続く中、新たにAu Ble D’orが再開した。新しい店のオーナーはアデル・ブッサファさん、アラブ系の方である。
 生まれは北アフリカのチュニジア。父親が営むブーランジェリーという環境の中で幼少期を過ごす。その後フランスに移住してブーランジェの修業をする。色々な店で経験を積む事12年、パリ郊外に自分の店を持つ。
 Au Ble D’orが売りに出た事を知り店の権利を取得、モントロー市に新しいブーランジェリー、パティスリーを今年1月オープンした。
 現在ブーランジェ、パティシエ修業中の弟ベルガセンさんと前の店から表を担当していたフランス人女性の3人体制で店を切り盛りしている。ブーランジェリーを主力にパティスリーにも力を入れたいそうだ。
 ファミリー企業で、パリや近郊に6店舗の店を運営しているそうだ。オ・ブレ・ドールの店名はそのまま継続、外観も昔と同じ景観を保っている。店内は一部改装して飲食が出来るようスタンドを作った。
 美味しいパン作りをコンセプトにパンの種類を増やしている。その中には今までなかったアラブ風の各種パンが棚に並ぶ。バゲットも前の店より重量が増している。懸念していたクロワッサンやパン・オ・ショコラなども形、容量ともに納得できる商品になった。現在特に力を入れているのがヴィエノワズリー(菓子パン類)だそうだ。
 
 電気料金の高騰でブーランジェリーが苦闘している事は前にも報告した。そんな関係でバゲットを始め各種パンの焼き具合が物足りないという客が増えているそうだ。些細な事だが傾聴に値する。好みの問題だが、半焼のパンほど不味い物はない。
 最近、電気料金の安い夜中にパンを焼く店が増えているという。その内、焼きたてほやほやの美味しいパンが食べられなくなる可能性もある。下手をすると培ってきたフランスの伝統、文化まで変わってくるのではと思ったりする。
 店をオープンして間がないので店の評価は控えるが、客数が変わった様子はない。歩きで1分の距離に同じアラブ系のブーランジェリーがある。こちらはパティスリーとしても評価が高いので安定した商いを続けている。いわばライバルになる訳だが、両店で世話になる客の一人としては、切磋琢磨して美味しいパンやケーキを提供して欲しいと思っている。

 


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