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小川征二郎

小川征二郎

フードジャーナリスト。現在パリに在住し、サロン・ド・ショコラ等のイベントや、パリの最新パティスリーを取材している。


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小川征二郎のパリ通信


Vol.146 ワゴン車販売から店舗化の達成

 

 決して珍しい話ではないかも知れない。フランスでもこんな事が話題になった。ワゴン車販売から一転、念願の店舗を持てた。パリ郊外イル・ド・フランス、ボワ・ル・ロワの話である。
 この町については以前のレポートで触れた事がある。人口6千人、フォンテンブローの森散策の拠点として森歩きを楽しむ人たちに人気がある。毎週末になるとパリから郊外電車でこの町に集まる人たちで駅が賑わう。
 地元住民にはパリで働き、老後引退して移り住んだ人たちも多く、田舎と呼ばれる割には特異の文化圏を持った町。ある意味お洒落な人たちが多い町でもある。
 
 この町のブロール地区にあった1軒のブーランジェリーが廃業した。その後3年間ボワ・ル・ロワのブーランジェリーは1軒だけという状態が続く。通常人口2千人に1軒のブーランジェリーがフランスの地域構成と言われる。6千人に1軒では住民サービスはままならない。
 その間、住民インフラを補ったのが、ワゴン車によるパンやケーキの販売である。そんな背景のボワ・ル・ロワに新しいブーランジェリーが昨年12月オープンする。店名はレ・デリス・ドゥ・ボワ・ル・ロワ。駐車場を兼ねた駅前広場に面し、地元住民にもわかりやすい場所である。
 店のオーナーはブリス・リベロさんとローラさん、まだ20代の若いカップルだそうだ。12月のオープンはまさに住民へのクリスマス・プレゼント、長い不自由を強いられた住民に安堵を与えた事はもちろん、もろ手を挙げての歓迎であるらしい。
 ブリスさんはボワ・ル・ロワの隣町シャルトレットのブーランジェリーで働いていたがコロナ禍の期間、ワゴン車でボワ・ル・ロワ住民のために販売活動を続ける。特に外出できないお年寄りには自宅配達をしたという。結果多くの住民と顔見知りになる。
 
 店をオープンするには多大な資金を必要とする。その資金集めに協力したのが地元商工会議所、住民のために必要と積極的に銀行交渉の後ろ盾となった。住民が後押しをしたことはいうまでもない。
 古い家を改装して完成したのが昨年の12月、モダンな店舗ができた。若い二人に良く似合う店の完成である。オープン初日から大勢の客が訪れ、1年経った今でも朝から店内外に行列ができている。
 店コンセプトのひとつとして厨房が見える様に設計した。誰にでも作業中の様子を見ることができるのでさらに客との距離を近づけているという。

 私がこの店を訪れたのは11月に入ったある日曜日のことである。実は、最初からこの店だけが目的ではなかった。先のレポートで久しぶりにサロン・ドュ・ショコラの報告をした。このイベントのトレンドで板チョコ・ブームの兆しを書いたが、その後何となく板チョコを食べたくなった。
 タブレットと言われる物はモントローのスーパーなどでも売っているが、俗にいう板チョコは少なくともモントローの店では売られていない。食べたかったのは手作り感覚の量り売り板チョコである。さらに欲しかったのはボワ・ル・ロワの朝市で売られるロミュアルドさんが作ったそれである。
 ロミュアルドさんの板チョコは何回か買いに出かけている。日曜朝市に出店するワゴン車売りの手作り板チョコ、このことは先のレポートで報告した記憶がある。とにかく美味しいのだ。

 ということでボワ・ル・ロワまで出かけた訳だが、生憎この日彼のワゴン車は見かけなかった。ひょっとしてと思いしばらく待ったがこの日の出店はなかったようだ。まずは板チョコ、その後にブーランジェリーの思惑は外れて、二番目の目的ブーランジェリー出かける。歩いても1分足らずの距離である。

 レ・デリス・ドゥ・ボワ・ル・ロワには既に長い行列ができていた。店内でもレジ前に行列ができている。レジ前で次から次へと処理を続けるマダムは超多忙の様子、声を掛けるのもためらわれるような店内の雰囲気である。
 ちょっとの合間を見てマダムに声を掛けてみた。まずは店内写真撮影の許可をお願いすると「どうぞ」の答えで、並ぶ客の隙間から店内ケースに並ぶケーキや各種パン類を撮ることに。田舎のブーランジェリー・ケーキとは思えない見事な作りのケーキが並べてある。20代でこの技、このセンス、見事という他はない。できたての各種パン類も見栄え良く美味しそうだ。
 特に感心したのはクロワッサンの見事なでき栄えである。クロワッサンやバケットについてはコロナ禍以降の諸物価値上げで、どの店も小型化している事を前に書いた。そんな中で伝統的な製法に拘り、1個の量、見栄えの良い形を守るこの店の品は称賛に値する。
 帰りにクロワッサンを2個買って駅のベンチでいただいたが味も申し分なかった。次々と売れる訳が良くわかる。一端外に出てベンチに座りしばらく店の様子を見る。車で来る人、自転車で来る人とパリでは見られない光景だが、中には森歩きをする人と思える家族連れやグループが混じる。新しい店を作るにこの場所を選んだのは正解であったと思えた。

 相変わらず続く店の混雑ぶりだが、少し余裕ができたのかマダムから「何のための撮影なの」と声がかかる。という事で撮影の理由を伝えると「シェフが仕事を終え休憩中、店に居ないのが残念」との返事。実はオーナー・カップルの写真が欲しかったのは私の方である。
 撮影のお礼を言い店を後にする。再び朝市をブラ歩きしてみる。市場の一角で籐籠を売っている人が居た。地面に無造作に置かれた籠がいかにも田舎の朝市風情に見える。籠に目が行ったのは、先に訪れたブーランジェリーでパン収納やインテリアとして上手に使っていたから。さらにどこの市場に行っても買い物入れとして籐籠を多用するフランス人の伝統的な意識への考察からである。
 以前、この朝市で紹介したワゴン・ブーランジェリーのオーナー、ジェロームさんも健在だった。同じイル・ド・フランスのある小さな町に厨房を持ちパン作りをしているとの事であった方である。少し形態を代えたようでパン・ケーキ類がほとんどなくなった。バケットやパン・カンパーニュなどのパン類でお客に対応している。それでも相変わらず客数は多い。それだけルーバン種使用のハードタイプ・パン愛好者が多いということだろう。
 
 今回は残念ながら板チョコは買えなかったが、話題のブーランジェリーを訪ねる事ができた。地元住民の支持、さらに商工会議所の後押しで銀行が融資して1軒のブーランジェリーが誕生する。何とも羨ましく明るい話題である事は間違いない。地方の活力向上に一石を投じた店の誕生だと思っている。

 GAUFRETTE DU NORD ゴーフレット・ドュ・ノール
 ここ2年、この店のゴーフルにはまっている。正確には店ではなくイベント会場のスタンドというかコーナーで焼かれたゴーフルである。1年に一度味わう事のできるゴーフル、例えがいいか解らないが、日本の祭りで見かける屋台の「焼きそば」「りんご飴」みたいなものだろうか。
 今年も私が住むモントローでワインと食の祭典と銘打ったイベントが開催された。11月のある週末、わずか2日間の開催である。場所は旧市街にあるイベント会場、主催はモントロー市である。
 モントローは人口3万数千人の地方都市、パリ・イル・ド・フランス圏内にあり、パリから凡そ70㎞、セーヌ川の上流、南部に位置する。ブルゴーニュに近く、モントローの先はブルゴーニュという位置関係にある。ひと言でいえば小さな地方都市、これといった特徴も名所もない平凡な市である。
 それでも季節折々に各種イベントや文化行事が行われる。今年は長年の念願であった新しいイベント会場も完成した。コンサート、テアトルと色々な催しが開催されているが、今月10日にはオペラ「セビリアの理髪師」の公演もある。一夜限りの上演だが、地方都市でのこのオペラ公演には市の文化担当者の並々ならぬ意欲と情熱が感じられる。
 
 パリの各種物産展を見慣れたせいもあるが、比較するまでもなくここでのイベントは規模が小さい。当然出店数、入場者数も少ない。とは言えその内容は充実している。14のワイナリーが出店し、北はアルザスから南東部ベルジュラック、ボルドー、ロワール、シャンパ-ニュから、ブルゴーニュ各地からも選ばれたドメーヌが参加している。
 誰から聞いたことでもないが、通常ワインの試飲(デギュスタシオン)は飲み込まないが基本であるらしい。そのため、どのスタンドでも口に含んだ後吐きだすためのバケツを用意してある。これはあくまで何回も何回も試飲を続ける人のための配慮。今回の会場ではほとんどの人が注いでもらったワインは飲み込んでいた。
 胃袋に入って初めて旨さがわかるという事であろう。これには何となく私も納得できる。という事で今回の試飲でも少なく注いでもらって飲むことにした。改めて思ったのはブルゴーニュ・ワインの旨さである。他の地域のワインが不味いとう事では決してない。簡単に言えばワインにも相性があるという事だろう。

 試飲が必要であると痛感したのは、今回買ったリキュールの1本である。クリスマス用のワインは、この夏ブルゴーニュへ行った折、息子が箱買いをしたサンセールがある。決して高いワインではないがブルゴーニュの赤も何本か残っているので、今回は試飲に留めて置いた。
 イヴの食卓、ケーキとあわせて飲むリキュールとして求めたのが、ドイツから出店したというWALLDURNの果実酒。色々な種類のある中からラベルで選んだのがリンゴ・ベースのこの1本。香り味の変化を楽しむためにシナモンや八角を合わせてある。アルコール度数20度と強くもなく低いとも思えぬ適度さ。値段も1本13ユーロである。
 買う前に試飲を薦められたが、試みる事なく選んでしまった。しかし、これが失敗だった。家に帰り蓋を開けリキュール・グラスで1杯飲んでみる。結果はやはり試飲をすべきだったと後悔、不味くはないが何となく相性が良くない。シナモンの香りが強過ぎた。
 ワインコーナーをひと通り巡り、食関連の出店を見て廻る。フォアグラ、チーズ、エスカルゴ、パテなどなどクリスマスの食卓に欠かせない銘品が数多く出ている。しばらく様子を見ているとフランス人がいかにチーズ好きかが改めて良くわかった。
 今回も地元モントローで取れるブリ・モントローを作るチーズ農家が出店している。ひとつの銘柄だけで勝負している訳で、地味に見えるが流石はブランド品、良く売れている。さらにサンセール近郊で取れる有名な山羊チーズ・メーカーからの参加もあり、こちらも人気がある。
 会場の一角に食堂というかイートインがあり、長いテーブルを挟んで賑やかに飲食中であった。テーブルの上や横に大鍋が設えてある。テーブルにはワイン・ボトルも並びまさに祭りの場といった盛り上がり。遠目に眺めるに止めたが、鍋の中には何やら煮込みが入っている様だ。
 まことに残念だったのは、当日のこの料理がポルトガル料理であったと後で知ったこと。地元ポルトガル出身の方々がお国自慢の郷土料理を提供していたとのだそうだ。事前に解っていたら迷うことなくテーブル席に座っていた。ポルトガル料理好きの私にとっては痛恨の極みである。来年も是非出店して欲しいと密かに願っている。

 会場をひと通り巡り、試飲も納得するほど試みた。わずかだが買い物も済ませ、会場を後にする事にしたが、最後に残っていたのが先に触れた手作りゴーフルである。このゴーフルは昨年も買っている。会場の入り口脇に手焼きゴーフル挟み焼器を設え、夫婦共同作業で焼き立てゴーフルを提供している。
 12枚ワンセット10ユーロ。焼き手はご主人のクラウチェンコさん。餡を担当するのはマダム、二人三脚で実に見事に焼き上げている。でき上がったゴーフルの見栄えは良くない。形はいびつで中に挟まれた餡も斑がある。
 真面目、几帳面な客なら「これでも商品か。二度と買わない」と言いだしそうだ。そんな事を気にしなければ何とも美味しいお菓子である。昨年ワン・パックだけ買い、その後で後悔したのはもうひとパック買っておけば良かったの念であった。
 という事で今年は2パック買った。計24枚である。賞味期限を聞くと2ヶ月は大丈夫との返事、それなら問題ない。残り少なくなったが今も食べ続けている。
 1年に1度のめぐり会いだが、恐らく来年は3パック購入することになりそうだ。クラウチェンコさんの店はない。商いはフランス各地で開催される物産展、展示会場がその場だそうだ。

 実は今回のこのイベントには無料で入場できた。会場に入る直前、ゴーフル売り場のマダムが声を掛けてくれた。「元気だった?チケット買っていないならこれを使いなさい」と1枚の入場券をくれた。サロン参加企業用の無料チケットである。
 昨年、同じ場所でゴーフルを買ったことを覚えてくれていたらしい。こういう縁は大切にしたい、何ともいい気分で入場できた。ちなみに入場料は2ユーロ、これを支払うと、受付でビニール製のテープを手首に巻いてくれる。これで試飲フリーに、その気になれば美味しいワインが何杯も飲める。有難い仕組みだ。
 クラウチェンコさんは、その容貌と名前から東欧系の方と思われる。尋ねた訳ではないので定かではない。フランスに多いポーランド系移民のひとりではと、勝手に思っているところである。

 


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