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小川征二郎

小川征二郎

フードジャーナリスト。現在パリに在住し、サロン・ド・ショコラ等のイベントや、パリの最新パティスリーを取材している。


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小川征二郎のパリ通信


Vol.144 みのりの秋

 

 お世話になっている日本食品店京子から「みのり」の新米が入荷したとのお知らせがあった。早速出かけて購入した。「みのり」は日本米を素に作られたスペイン産の米である。パリでは京子がほぼ独占的に扱っているようだ。

 京子では日本産の米も数多く販売しているが、何しろ高価。「新潟県産コシヒカリ」は5㎏凡そ46ユーロと、庶民の我々では手が出ない。ということで日本米に味が近い「みのり」やアメリカ産の「国宝」などを買っている。日本産米に比べると半分位の値段である。今回は他に荷物があったので、1㎏入りの小袋を2袋買った。

 ここモントローの食品店でも米を売っているが、そのほとんどはアフリカ産かアジア産の米である。日本米に比べ値段は安いが、慣れないせいかいまいち口に合わない。という事で、米が無くなるとわざわざパリに出かけて買っている次第だ。通常は5㎏入りの「みのり」を買い、サック・ア・ド(リュックサック)に入れ背負って家に帰るわけで、結構大変だが背に腹は代えられないと買い続けている。

 持ち帰った新米を炊いて夕食で頂く。香りも爽やか、やはり旨い。これに秋刀魚があれば言うことなしだ。残念ながら水揚げ早々の秋刀魚はいただけない。欲しくなったら韓国食品店に行き冷凍ものを買うしかない。年に何回かはこの冷凍秋刀魚をいただいているが、やはり脂ののった漁りたてを食べたい。いつもの無い物ねだりである。

 

 10月に入り、マルシェの棚に秋の実りが出揃ってきた。食欲の秋到来である。まずは果物。9月半ばまで主流であったスイカやメロンが影を潜め、ブドウが棚の主役に躍り出ている。更にクレマンティーヌ(蜜柑)も大量に並べてある。

 今はイタリア産のブドウが多いが、それらの中にフランス産も混じり始めた。蜜柑類はスペイン産が殆どだが、南米やイスラエル産もある。農業国フランス、果物の生産も多いが、輸入物が圧倒的に多い。特に季節が変って間もない出始めの果物といえば殆ど輸入ものである。

 秋の味覚といえば茸類もそのひとつ。松茸に形が似たセップやジロルが棚に並び目を楽しませている。こちらも出始め物は高価だが、初物にひかれてジロル茸を買った。森で採ったというジロルはまず香りを楽しむ。それは水に浸さず余分な物は指先で取り除き軽く洗って。パスタでいただくのが毎年の旬のいただき方。ちょっと贅沢な旬の食卓となった。

 残ったジロルは明日の炊き込みご飯に。米は寿司用「みのり」を使用するのがいつものパターンである。新米の香りと野生ジロルの香り、合わない訳がない。

 

TAKUMI

 先日、オペラ通りを歩いていてピラミッド通りの信号待ちをしていた。この通りを渡るとスーパーマーケット、モノプリ・オペラ店の前に出る。信号待ちをしながらいつものように目の前にあるマレーシア、ツーリスト・オフィスをみる。

 小さなオフィスだが20年位はここにあると思う。いや、もっと長いか。入り口横のガラス窓にマントヒヒの写真が飾ってあり、これが何とも艶めかしいのだ。今では経済発展著しいマレーシアだが、この事務所が出来た当時はアジアの貧しい国のひとつと言った印象が強かった。

 この日もまず目が行ったのはこのオフィスのマントヒヒの写真だった。写真を見ながら視線を左側に移すと新しい店ができている。店の前の歩道が極めて狭いので気づかなかったのだと思う。お洒落なパティスリーである。

 

 ガラス張りのウインドーを通して若いアジア系の男性がケーキを焼いている。円型の美味しそうなケーキをまるで愛でる様に丁寧に形造っていた。てっきり日本人と思っていたのだが実は・・・。この店、いつから出来たのだろう。改めて店頭を見た。

 ブルーの天幕に「オリジナル日本風チーズケーキ」と書いてある。表は総ガラス張り、店内が見通せる洒落た作りだ。中央入り口の左右に厨房があり、右手の厨房で先に説明した若い男性が仕事中、作っていたのはチーズケーキだった。

 日本人経営の新しいパティスリーが開店したと思い、入り口のドアを開ける。中に入ると右手の作業場で4、5人の女性がケーキ作りの作業中である。店内正面の壁に格子棚があり四角い食パンがズラーっと飾ってある。ということはブーランジェリでもあるのだろうか。

 店内の様子を見ながらレジ担当と思われる若い女性スタッフに声を掛けて見るが反応がにぶい。それを察したのかもう一人の女性スタッフが仕事場から出てきた。

 「ここは日本人経営の店ですか」と問うと「いいえ、オーナーはフランス人です」の答。しかも片言ながら日本語で「日本語上手ですね」に「まだまだ、学校で習いました」と。話が少しそれてしまったがこういう出会いはやはり楽しい。ということで暫くそちらの話へ。アフリカ系の血が混じった容貌、何となく察したのか自ら「私の父はカリブ海の出身です」と明るく語ってくれる。

 彼女の説明では匠は純粋なフランス企業で日本の資本などは入ってないだろうと「詳しい事は解りません」との答。オーナーのベナメールさんが日本びいきで、特に匠の技、職人技術に惚れ込んでいると聞いているそうだ。ちなみにベナメールさんはパティシエでは無いという。

 今回パリで日本風チーズケーキ店オープンに関しては北海道の、とある島でレシピを開発。これに関しては企業秘密との記事もあるが実情は定かでないようだ。

 

 正直いうと私は日本でチーズケーキを食べた記憶がない。ないというより記憶が薄いが正解のようだ。恐らくなにかの折に1~2度は食べていると思うのだが。チーズケーキが日本でブームと言う話を聞き、パリのパティスリーでチーズケーキを探したことはある。日本風チーズケーキがどんなものか解らないまま匠を訪ねた次第である。

 左右の仕事場前には高いプラスチック・ボードがあり、外からの声も遮っているようだ。中で働くスタッフの方も色んな国から集まった感じである。アフリカ系、北アフリカ系、アジア系にヨーロッパ系といろんな人種の集団だが、国籍で言えば皆さんフランス人といえるのだろう。そんな方達が和気あいあいといった感じで各種ケーキを作り上げている。

 この日、マネージャーの方は留守だったそうだ。ということで日本語の出来る女性が応対してくれた訳だが、会社の概要などについてはほとんど分らない様子である。現場仕事の話などを少し聞き、日を改めてお訪ねする事にした。

 

 凡そ1週間の後、店を再訪。時間は午後の2時過ぎ。先日訪れた折に対応してくれた女性シンシアさんは休みとのこと。代わりに日本人女性パティシエールの昼間さんが応じてくれた。以前、正面棚に並べてあった食パンが1個も無い。午前中に売り切れたそうだ。

 昼間さんは在仏20年以上というベテランのお菓子職人である。匠に入る前は某レストランでデザート担当をされていたそうだ。仕事の手を休めて私の相手をしてくれたので、店の事、スタッフの人数などを聞いてみる。

 パティシエだけで現在7人、シェフはジョルダンさんというまだ若いフランス人男性だそうだ。残念ながら今日は休みとのことである。昼間さんについては何かの機会に改めてフランス滞在お菓子作りの体験談など、話を聞いてみたいと思っている。

 

 店の写真を撮らせてもらい、お勧めいただいたチーズケーキの試食をする。まだ温もりの残る、触ると壊れそうなふわふわのケーキが口の中に溶けていく。思っていたより甘みを抑えてあり、チーズの仄かな香りが鼻に抜ける。成程、これが日本風のチーズケーキかと新たな体験をする。

 いただいたのはオリジナルと柚子風味の2種。好みでいえば柚子風味の方が私の口に合う。柚子は四国高知県産を使用しているそうだ。最近、スペイン産の柚子を使うパティスリーが多いが、やはり日本の柚子の方が上品で美味い。

 匠の売りはチーズケーキの様だが、ショーケースに並ぶ他のケーキも美味しそうだ。まず見た目が綺麗。ひとつひとつを丁寧に作られた結果が見事に形、色付けに表れている。ただ、ケーキの種類は少ない。値札を見ると5ユーロと書かれてある。ちょっと高い設定に見えたが結構売れていく。値段が高い分素材には拘っているようだ。

 ちなみに、柚子風味チーズケーキの柚子は高知県産の柚子、ピューレ、樹皮、ジュースなど。抹茶風味も日本の国産有機緑茶粉末、ヴァニラ風味はマダガスカル産のオーガニックエキスと、有機素材を中心にした拘りぶりである。

 

 写真を撮って、試食もさせて貰い、ひと安心して帰宅。撮った写真をパソコンに納め改めて画面を点検した結果、何と肝心のチーズケーキが撮れてない。これではレポートにならないと翌朝再びパリへと向かう。

 幸い日曜日も匠は営業しており、改めて通りからガラス越しに写真を撮らせてもらう。今日チーズケーキを焼いていたのはネパール出身の女性だそうだ。昼間さんはこの日休みであった。この日再び相手をしてくれたのはシンシアさんである。

 

 確たることでは無いが、どうやら匠では2号店の準備をしている様に思える。その場所がパリであるかかはまだ不明、何となくそんな気がするとだけお伝えしておく。

 そんな気がした理由はAux Merveilleuxの成功である。リヨン駅にも出店しているが6区アンシエンヌ・コメディ通りにも新しい店を出すなど勢いが止まらない。匠には何となく似た雰囲気があり、ひょっとしたら大開花の可能性があるような気がしている。


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