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小川征二郎

小川征二郎

フードジャーナリスト。現在パリに在住し、サロン・ド・ショコラ等のイベントや、パリの最新パティスリーを取材している。


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小川征二郎のパリ通信


Vol.133 11月のパリ

 花屋の店頭に菊の鉢植えが増えたと思ったら、すぐにトゥサン(万聖節)の祝日がやってきた。この祝日は日本の盆に似ていて、家族揃って墓参りをする。墓に供える花が菊の花である事も似ているが、違いがあるとすればフランスでは鉢植えの菊が飾られる事だろうか。

 宗教の違いとは言え、供え花を持って家族で墓参りをすると言う同じ様なこの行事、考えてみると実に不思議である。フランスでも今年はコロナで大勢の人が亡くなられた。パリのモンパルナス墓地でも例年より花とバケツを手にした家族連れが多く見受けられた。

 私も何人かの友人、知人をコロナと言う悪魔に殺された。それらの方々の墓参りもできないでいる。中にはパリで亡くなり、骨となって故国へ帰られた人もいる。人の一生とはこんなものだろうかと胸に虚しさだけが残っている。

 

 先日パリに出かけた。コロナが一段落する予兆か急激に観光客が増えている。その多くはフランスの地方から、その他にもイタリア、スペインからの若い人達が多く目に付く。残念ながらアジアからの観光客は少ない。飛行機で凡そ12時間の距離だがまだまだ遠いアジアの諸国、距離だけでは無い何かの壁があるのだろうか。

それはそれとして、世の中が明るい方向へと向かいつつあるのは事実。観光都市パリに各国からの訪問者が増えているのは一番の朗報である。

 折角のパリと言う事でお昼は中華を食べる。行きつけの店「美麗華酒家(ミラマ)」、とは言っても年に何回か。長年通う内に気が付けば息子の代になっている。この1年は店内営業ができず、ほとんど配達・持ち帰り営業を続けていたそうだ。この時期お昼時になると近くの公園ではこの店の焼きそばを買ってベンチで食べる人が多く、パリの公園らしからぬ光景となっていた。

 そんな状態の合間にトイレなども改装、テーブルクロスも新たに店全体がきれいになっていた。テーブル席もプラスチック・パネルでコロナ対策ができている。

 いつもの様にエビ入りワンタンスープを注文。中身は変わらないが器が小振りになっている。スープが薄味になったのが少し気になった。その他2種類を注文したが、どれも上品な味を保っている。サンジェルマン界隈で中華を食べるなら間違いなくここミラマと改めて思った。

 食べ終わって店を出ると行列ができている。そのほとんどはフランス人、現地の人に馴染んだ中華料理の店と言われているが、評判に偽りなし。とは言えコロナ前はアジア系の客も多かった。東南アジアのパリ・ガイドブックにも載っているそうだ。

 

 お昼をミラマにしたもうひとつの理由は、この店から歩いて3分足らずの距離にあるブーランジェリー、Circus Bakeryに寄ってみたかったからである。以前この店を訪れた時、店内撮影をお願いしてみた。コロナ最悪の時期で店内入店も制限、スタッフ同士の会話さえ控える様な頃である。

 そんな時期なので申しわけないがと、店のエリヱさんから丁寧に断られた経緯がある。この状態が落ち着いたら是非、とも言われていたので訪ねて様子を見たかった。結果は残念ながらシャッターが下りて閉店中。普段は通りから店内の様子が丸見えなのだが、木の鎧を覆ったような状態で閉まっている。

 以前訪れた時、入社して間もないと言う日本人男性と僅かな時間だが立ち話をした。日本でフランス女性と結婚してフランスに来たと言う話であった。日本に居る時はパン作りとは全く関係ない仕事(確かIT関係)をしていたが、興味あってこの世界に飛び込んだと言う。仕事中でもあり、次回、その動機なども含めて話を聞きたいと話して別れた。彼のその後の様子も知りたかった。今回も空振りに終わったが、ここにはもう一度来てみようと思っている。

 

 サマリテーヌ・デパートが11月10日からクリスマス・デコレーションを披露すると伝えた。長い工事が続いていたので何年振りの事だろう。どんな趣向を凝らしているのか今から楽しみにしている。

 ヨーロッパではクリスマスは1年最大のお祭り行事、どの店も待ちに待った稼ぎ時と言える。パリも同様、特にデパートではアイデア満載のショーウインドーを創り上げて道行く人達の目を楽しませてくれる。冬の代表的な風物詩である。

 そろそろその飾り付けが見られるのではと、先日ギャラリー・ラファイエットとプランタンの前を歩いてみた。残念ながら両デパートも準備中。折角出かけたのに空振りでは納得できず、ギャラリー・ラファイエットの食品館を覗く。

 10月始めに来た時と比べ入館者数が大幅に増えている。正面入り口から中へと入るとフランスを代表する有名パティスリーやブーランジェリーのコーナーが並ぶ。今が旬と言われるChristophe Adam、Philipe Conticini、David Wesmaelなどのスタンドには美しく仕上げた数々のケーキが並び、客の目を引いている。Pierre MarcoliniやPierre Hermeのベテラン勢も相変わらずの人気ぶりだ。

 前回来た時はイートインで食べる人も疎らであったが、今回はどのスタンドも満席。中には空席待ちで並ぶ人もいる。人々にある種の解放感と食への意欲が戻っている事を知ったギャラリー・ラファイエットの食品館であった。

 

L’A PATISSERIE ラ パティスリー

 フォンテーヌブローに日本人経営のパティスリーがオープンして評判が良いとの話を聞いた。と言う事で秋の一日、フォンテーヌブローに出かけてみた。この街を訪れるのは3度目となる。前回は確か夏の盛りであったような、木々の緑が濃い時期であった。

 フォンテーヌブローの駅に着いたのは13時。駅前バス停でしばらく待ちA線に乗車。下調べの結果、店は街のほぼ中心部にある。過去2度の経験からこのバス停を利用すると街の中心部を通過する。と思い込んでの乗車であった。しばらくは見慣れた街並みが続くが、何時の間にかラインから脇道へと逸れたようで前回と景色が変わっている。

 大きな庭園の中に石作やレンガ作りの屋敷が並ぶ、どれも豪邸だ。フォンテーヌブローを金持ちの街と評する人が多いが、それほど大きな商店街がある訳でも無く、今までは余りピンとこなかった。

 今回、バスが脇道をはずれ、高級住宅街を走った事で初めて成程と頷けた。金持ちの街の実感を目の前にする。いずれの屋敷もフォンテーヌブロー城に連なる歴史的遺産なのだろう。かって貴族階級の人達が住んだであろう面影を残している。

 バスは私の思惑と裏腹に街の郊外と思える終点に到着した。乗客の中には私と同じように中心街行きと勘違いした観光客と思える人達がいる。ここはいったん下車して運転手に中心部に行きたい旨を伝えると「しばらく待って出発するのでこのバスに乗ってください。中心部を走りますから安心して」のアドバイス。観光客数人と再び乗車した。久し振りのドキドキ体験である。

 

 ラ・パティスリーは大通りから入ったフランス通の41番地にあった。店の右隣りがフランス・レストランL’Axel(ラクセル)、左隣が鉄板焼きレストラン「風味」と食関連の店が並ぶ。

 ラ・パティスリーは思ったより小さな店だった。通りから見ると明るく清潔な店内で若いムッシュが働いている。ドアを押して中に入ると左側にL字型のショーケースがあり、中にお洒落なケーキが並んでいる。

 ケースに並ぶケーキは8種類、さらに焼き菓子、マカロン、ショコラが品よく鎮座。若いムッシュ、ダミアンさんが応対してくれた。早速ケーキそれぞれを紹介していただく。例えばTUNKAと名付けられたケーキはソフト・チョコレートを使ったものでフランス人好み、また、PLEINE LUNEは満月の意で胡麻風味たっぷりのオリジナル・ケーキなどと分かりやすく説明してくれる。

 値段は5~6ユーロの間で一番高いもので7ユーロ少々。地方のパティスリー値段に比べると割高に感じるが、上質素材の使用、1点1点丁寧に仕上げたテクニックを思うと納得いく値段である。

 ケーキの素材に柚子を使用したり、煉りゴマで日本風の味を演出したりと独特の風味を創り上げている。流石と思った。パティスリーのオートクチュール、大量生産されたケーキとは一味もふた味も違う、ふとそんな思いが過った。

 

 この店、実はフォンテヌ―ブローでミシュランひとつ星を獲得するL’Axelのオーナー・シェフ後藤邦之さん経営との事。パティスリー部門に岸あやこさんを迎えて製作を任せているようだ。

 岸さんにもお会いしたかったが、夜間での菓子作りのため昼間は店に居ないとの事であった。時間は14時、同じ様に後藤シェフにもお会いできたらと思ったが、厨房から動けない状態との事である。

 訪れた日がトゥサンの祝日連休中。後で店を覗かせてもらったが、テーブルは満席、スタッフの忙しさも想像できる。できれば日を改めて後藤さんの料理をいただきながらお会いできる機会を作りたいと思っている。

 

 ラクセル、ラ・パティスリー、風味と並ぶ3軒とも後藤さんの経営する店だそうだ。パリには日本人経営の店が数多くあるが、パリから遠く離れた郊外の街でこれ程の実績を残す日本人は多くは居ない。フォンテーヌブローの街を歩いていると中華のテイクアウト店や日本の名前を冠した寿司店などに出会う。恐らく中国系の人達が経営する店だろう。そんな中で日本人のこの活躍は見事、何となく嬉しくなった。

 

 店を後にしてフォンテーヌブロー宮殿の庭に行って見る。有名なディアンヌの庭園には散策を楽しむ人達が午後のひと時を過ごしていた。家族連れや若いカップルがベンチに掛けたり、散歩道を歩いたりとまるで1枚の絵画のような情景を作っている。

 ビニールテープで柵を巡らした芝生の中に大小の木々が立ち、黄葉した枝が風にそよいでいる。その枝の下には黄色い絨毯ができていた。そんな風景をぼんやり眺めていたらいつの間にか睡魔に引き込まれている。気がついたら15分位寝ていた事に。慌てて起きて駅へと向かうバス停をめざした。

 


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