2023年12月27日
Vol.158 パリのクリスマス商戦
師走、12月に入った。フランスは大都市も僻地の小さな村もクリスマス商戦の真っ只中である。通りにはイルミネーションが輝き、各店の店頭には雪を模した背景の中、それぞれのクリスマス商品が飾ってある。古からの宗教的儀式であり、一方では1年で一番の稼ぎ時、訪れる客への対応も熱がはいる。
パリのクリスマス商戦はシャンゼリゼ大通り並木のイルミネーション点灯から本格的となる。今年も賑やかさを増し、アベニュー・モンテーニュの高級ブティック街は大勢の観光客が押し寄せている。
フォブール・サントノレ通りも同様の賑わいぶりだ。その頂点がギャラリー・ラファイエットを始めとするオペラ座界隈と言えるだろう。ギャラリー・ラファイエットではウインドウ・ディスプレイや店内を飾るクリスマス・ツリーを一目見ようと家族連れや観光客がひしめいている。間違いなく年内最大のイベントであり、パリを代表する冬の風物詩だ。
という事で両デパートを駆け足で回ってみた。オペラ座横でバスを降り、まずはギャラリー・ラファイエット食品館に向かう。入り口付近は例の如くの混雑、観光客と思える人たちが多い。
そんな中に訳の分からない署名運動の紙を持った若い女性数人が署名を求めている。断っても断ってもしっこく纏わりついていく。まれにサインをする人がいると、今度はいくらかのお金を強請る。署名をしている隙にハンドバックから物を盗るなど常套手段。パリの至る所で見かける光景だが、オペラ界隈が一番被害が多いとの事である。対処方法は強引に断る事、相手にしないが最良の方法である。
食品館入り口にはスタッフがいて警備しているので、さすがに館内には入ってこないが、客を装い財布をするスリは多いようだ。年末年始の混乱時は特にスリ被害が多いという。
館内出店の各パティスリー、ブーランジェリーを見る。クリスマスまで二十日ほどの時間があるせいか、ブッシュ・ド・ノエルなどのデコレーション・ケーキは少ない。それでもクリスマス商品はあちらのショーケース、こちらの棚にと美しく飾られていた。
ツーリストが主に買っていたのはクッキーなどの乾き物類、さらにショコラなどである。お国へのパリ土産であろう。そういえば各メゾンが共通して力を入れているのもこの部門だそうだ。
食品館を後に本館へと向かう。混雑する道路を横切り、本館玄関口に立ってみた。オスマン通り側のデコレーションは頭上のイルミネーションが昼間でも輝いて見える。夜ともなるとさらに美しく輝くだろうなと思いながらしばらく眺めていた。
今年のクリスマス・デコレーション、本館中央を飾るメインのツリーとプロムナード、ショーウインドウを担当したのは、若手ファッション・デザイナーのシャルル・ド・ヴィラモンとの事。そのテーマは「私の夢のクリスマス」だそうだ。テーマに相応しい夢の世界が展開されている。
店内客は相変わらず中国人ツーリストが多い、中でも高級ブランド・コーナーほとんどはこれらの客に見えた。日本でいう爆買い客である。売り場スタッフもそのほとんどが中国系の人である。
80年代のある時期、同じような光景を目にした事を思い出す。その当時の客は日本人が主だった。免税手続きコーナーは日本人の行列だったが、今は中国人のさらに長い列、時代の流れを改めて感じた。
ギャラリー・ラファイエットを後にプランタンに向かうと、歩く人も幾らか少なくなってくる。やはりメトロ駅があるかないかの違い、その分だけプランタンが損をしているようだ。プランタン23年クリスマス・デコレーションのテーマは「紙のクリスマス、願いが叶う」とある。
ショーウインドーを飾るのは大勢の鳥の群れ、鳥の行きつく先に美しい建物、パリの街並みの中にひと際目立つプランタンがある。プランタンに行ったら願いがかなう、そんな思いででき上がったディスプレイ、洒落た演出だなと感心した。ここは大人の世界への誘いといった感じ、何となく心休まる落ち着きがある。
ギャラリー・ラファイエット、プランタンの両デパートともに夢あふれるディスプレイである。好みで言えば、プランタンのすっきりとまとめ上げたウインドウ・ディスプレイに軍配を挙げたくなった。
大混雑になるのはこれからだ。クリスマスが頂点となる。それにしてもパリのクリスマスは夢がある。大昔見た映画「幸福への招待」原題は確かParis Place Hotelを思い出した。一度で良いからパリのクリスマスを見たいと夢見たあの頃が懐かしい。
【話題の新星JADE GENIN ジャード・ジェナン】
パリのショコラ界に久しぶりに大型スターが登場した。オペラ通りに開いた新しい店とともに今話題となっている。店の名前はJADE GENIN。白一色で統一した店内外も道行く人の注目を集めている。ある意味異色のショコラトリエール、ジャード・ジェナンは女性、31歳の若さである。
名ショコラティエ、ジャック・ジェナンの娘で1992年にオペラ座の近くで生まれた。生粋のパリっ子である。その経歴が面白い。子供の頃から父のアトリエで遊び、10歳からフィギュアスケートの専門学校に入学、14歳でプロデビューする。
2014年には弁護士資格コースに学び資格を取得、2019年から2年間弁護士として活動。さらにショコラ職人へと方向転換、父ジャックのもとで修行を重ね2022年に独立。現在33Av de l’Operaに自分の名を冠したショコラ専門店をオープンしている。才色兼備のショコラティエールと話題になる。
異業種から転向して成功した例としては、今人気絶頂のCHEZ MUEUNIERがある。ここは代表者がインテリア・デザイナーからスイーツ界へと転身、美味しいBIOパンを作るとの評判をとり成功。数少ない女性経営者として今では業界トップクラスに位置付けされるほどになった話題の店である。
それにしても弁護士からパティシエールへの転向は珍しい。他の業界では時々聞く話、例えば弁護士から俳優に転向したといった様なものだ。有名な話ではクリスチャン・ディオールは弁護士からファッション・デザイナーになり頂点を極めた事で有名である。
ジャード・ジェナンの存在を知ったのは真に偶然の事である。コロナ禍が落ち着き、パリに大勢の観光客が戻る。それに合わせるようにオペラ通りにも賑わいが戻って来た。そんなある日、日本食品「京子」に行き、買い物を済ませ店を出た。
小腹がすいているのでお昼でも、と左方向へ行けば日本料理を始めとするアジア系レストランが集合する。既にご存じの方も多いと思うが、この界隈のランチ・タイムはどの店も行列ができる混雑である。店によっては30分待ちなど当たり前。という事で右側方向へと向かう。
オペラ通りを渡るとその奥にマルシェ・サントノーレ広場があり、この広場周りにはレストラン、カフェなどが集中する。さらにsaint Roch通りには日本人経営の店も多い。という事でオペラ通りを横断。歩道に出る前に前方を見ると長い行列ができている。
その行列近くに新しくオープンしたのがジャード・ジェナンの店である。白一色の洒落た作り、店内で男性一人が作業中である。客は未だいない、ランチを忘れ思わず入店した。店内ショーケースにピラミッド型のショコラが整然と展示されている。
まるで宝石か高級アクセサリーの店、そんな風に感じたのが最初の印象である。ショコラの形はほとんどがピラミッド型。言ってみれば単品勝負といった商品構成である。もちろん他の形もあるがピラミッド型が圧倒的に多く、迫る感じだ。これで良く店が成り立つなと思いながら了解を得てカメラのシャッターを押した。
この日、店のスタッフは大人しそうなアフリカ系の若い男性がひとり、店内カラーに合わせるように白のユニフォームを着用している。ショコラ系の肌に良く合うのは、それも計算しての人選なのだろうか。ふと、そんな風に思った。
幸い客が居ないのでお話を聞く。今回のレポートにまとめたのがその時の会話とホームぺージから抜粋したものである。
客が入店、商品説明を受け始める。ひと通りの説明を受けると何種類かの注文をしてパッケージしてもらった。男性スタッフが客に試食を勧めるついでに私にも一粒。いただいた一粒はプラリネ・チョコ、中に何やらエキゾチックな味の柔らかい詰め物が入っている。何とも上品な風味だ。この一粒でクオリティーの高さがわかった。
その間にも次の客が入店した。今度はアジア系の女性二人組だ。どうやら観光客のようで、スタッフがそちらに向かう。一人では対処が大変だろうなと思いながら様子を見ると、慌てることなくのんびりと相手をしている。これがやはりフランス流の接客だと、改めて納得した。さらに次の客が来店、ここでお礼を言って店を出る。できる事ならジェナンさんの写真が欲しかった。
12月のある日、再びオペラ通りを歩く。ジャード・ジェナン店の前を通ると、店内から客が出て来る。その相手をしたと思えるスタッフは女性だった。前回訪ねた時、奥の厨房には人が居なかったが、この日は数人のスタッフが忙しそうに作業をしている。ひょっとしたらと思い、店に入り女性スタッフに「もしジェナンさんが居たら写真1枚を撮らせて欲しい」とお願いしてみる。
厨房に向かったスタッフと一緒にジェナンさんが現れた。趣旨を話すとOKの返事をいただいた。若く美しい人である。間違いなく業界スターになる人の感を覚えた。ラッキーな瞬間である。
この日は次々と客が入ってくる。前回の訪問時に比べショコラの種類も増えている。さらに、どのように変化していくのかこれからが楽しみだ。