2023年03月24日
Vol.149 2023年フランス農業博
久しぶりの農業博見物である。恐らく3年振りではないだろうか。コロナ禍から解放された今、会場では賑やか、そして派手やかな大イベントが展開されていた。出かけたのは3月4日、終了前日の土曜日、ある程度の混雑は予想していた。
パリ・リオン駅からメトロ14番に乗車、マドレーヌ駅で12番線に乗り換える。マドレーヌ駅は改装されエスカレーターの整備が行き届き、乗り替えが便利になっている。12番線のホームは乗客が溢れる状態になっていた。
ひと列車待って乗車できたが車両は満杯の人で身動きもできない。久しぶりの満員列車でようやくポート・ド・ヴェルサイユ駅のホームに降りる。階段を上がり50m位歩くと国際展示場入り口がある。入り口横にチケット売り場があるが、ここでも大勢の人の渦に巻き込まれてしまう。
冬のバカンス最中でもあり子連れの、おまけにベビーカーを使う家族も多く混雑に拍車がかかる。身動きできない状態の中、押されるように少しずつ前に進み、ようやくチケットを購入できた。チケット料金は大人16ユーロ、子ども9ユーロ。窓口は何カ所かあるが、各窓口で対処するのはそれぞれに女性ひとり。いかにもフランス式の対応といった感じでマイペース、目の前の混雑など気にしてない様子だ。
チケット売り場から一番近い会場に入る。インターナショナル会場、海外色々な国が出展している会場である。ここでも人に押される様な状態で来場者が動いていた。入り口近くにブースを構えているのはアフリカ諸国だった。
フランスはアフリカ諸国から沢山の農産物を輸入している。かつて数多くの植民地をアフリカに持ち、その後も政治、経済ともに影響力を残したフランスである。アフリカ諸国にとってこの国はヨーロッパで一番のお客と言える。
今回特に出店が多かったのはモロッコ、アルジェリアなどの北アフリカ諸国だった。従来からの外貨稼ぎと言われる香辛料、植物油、ナッツなどに加えコスメ系の商品を開発して数多く出店している。
これらの国からはフランスへの移住者も多く、家族連れでビジターとなり、どのブースも盛況である。日本から見るアフリカ諸国は遠い国だが、フランスからはアジア諸国より遥かにアフリカのほうが近い。付き合いの歴史も古く長い。
赤道ライン下のアフリカ諸国は相変わらずコーヒー、カカオ類の輸出に力を入れていた。海産物果物類の輸出も増加傾向にある様だ。中でもエビの輸出は各国が競うように養殖場を増やしているという。
インド洋上のレユニオン諸島、セーシェル、マイヨット、コモロ、マダカスカルなどは、フランスと繋がりの深い島々。これらの島々からは果物や野菜がフランスに送られている。中でもマダカスカル産のバニラはフランス名物の各種料理やスイーツに欠かせない香味料として珍重されている。
カリブ海諸島からも同様な物が輸入されているが、これらの島に欠かせないのがココア、コーヒー、砂糖などである。インド洋諸島、カリブ諸島には現在もフランスの植民地である島も多く、これらの島で採れる各種物産はフランス国内展示コーナーに独自のブースを作り来場者を集めていた。
今回はブラジルが広いブースを作っている。物産展だけでなくその国自慢のレストランも併設しているが、どの国のレストランも満席で席待ちの行列ができるほどの人気ぶりである。
家を出る前に軽く朝食を取った。コーヒーにクロワッサンを1個、トースターで焼いたクロワッサンにピーナツバターと柑橘系のジャムを塗る。プロヴァンス産のオレンジと蜜柑を使ったこのジャムはオレンジの皮を小さく刻んで中に入れてある。癖になる味でわが家の食卓に欠かせないジャムとなっている。
それから数時間、さすがにお腹が空いて来た。ブラジル・レストランの前を通ると肉の焦げる良い匂いがする。厨房の横でスタッフのひとりが串に刺した肉を削ぐような仕草で客に提供している。ひとかけいただいたが香辛料が効いて実に美味だ。
ブラジル名物料理シュラスコ、今日のお昼はこれにしようと行列に並ぶが満席のレストランから人の立つ気配はない。それももっともである。ワインやビールを飲みながらの食事、お負けに追加の肉を待つ人たちばかり、スタッフの話では1時間待ちになりそうだという。シュラスコは最近日本でも人気の料理と聞くので詳しくは省く。本当に残念ながら昼食はパスした。
会場は相も変わらず押すな押すなの混雑ぶりである。このまま各ブースを回ると他の会場を巡れそうもないので出口へと向かう。建物の外でも大勢の行列、どうやら入場規制をしている様子である。
少し歩いてフランス物産展示会場に入る。フランス各地からの出展、地域別にブースを構えている。先の会場が家族中心の場であったのに対してここは若者天国の様相である。もちろん、高齢者や家族連れの入場者もいるが、圧倒的に若者が多い。
ブルゴーニュ、アキテーヌ、サヴォワ、ノルマンディーなどなど、フランス各地方のブースがあり、その前にテーブルが並ぶ。夫々の地方から出てきた人たちの憩い、交流の場になっているが、言い方を変えるとそこは酔っ払い天国だ。
ブース間の狭い通路を押し合い圧し合いしながら歩くが、通行人いずれもがワインやビールの入ったカップを手にしている。キャップを外したカメラを首から提げているのでワインやビールがかからないよう注意しながらの歩行。3年前も似たような状態であったが今年はさらにヒート・アップしている。
ブースでは各地方の郷土料理なども売っているが、ここでも大勢の行列で結局は指をくわえて見るだけに留めた。気が付いたら時計の針は既に16時近くに。帰りの列車混雑を思うと17時前にポート・ド・ヴェルサイユ駅に着いていたい。という事で会場出口の扉へと向かう。ようやく外に出られたがここも場内と似たような状況である。
他にも何カ所かの会場があり、興味もあるが今回はそれらの会場はパスする事にした。来年は少し余裕を持って再訪したいと思っている。
ポート・ド・ヴェルサイユ駅では入場規制が行われていた。しばらく列に並んで再び満員列車の立ち席客となった次第である。16ユーロ払って酔っ払い見物となった今年の農業博だったが、見方を変えれば3年ぶりの国を挙げてのお祭り。地方から集まった若者達が浮かれて羽目を外すなど小事に過ぎない。苦しかったコロナ期間を思えば、少々のバカ騒ぎなど何ほどの事ではないと思う。久しぶりの農業博見物、何かと大変であったが良しとしよう。
農畜産業は国の基幹、これに水産業が加わるのが日本。できる事ならこの様な国を挙げてのイベントを日本でも見たいと思っている。
【コンフレリー・ムリノワーズ・デュ・ピカンシャーニュ(ムーラン市ピカンシャーニュ組合)】
今年の農業博でこの会員の方たちとラッキーな出会いがあった。個人的には実に不思議な縁と思っている。今年1月、長年色々とお世話になった友人が逝去。その葬儀がフランス中央部にあるメイエという小さな村で行われた。
車で出かけたが葬儀が午前10時という事で、前日午後家を出て途中のムーラン市で1泊した。ムーラン市はフランス中央部、オーヴェルニュ・ローヌ・アルプ地域圏の都市、アリエ圏の県庁所在地である。アリエ川沿岸にあり、古くから栄えた街と言われている。歴史的史跡も数多く、地域行政の中心地でもある。
色々な縁でこの街には今まで何回か訪れた。有名なオペラ衣装美術館で歴代オペラの衣装を見学した事もある。ムーランの市名は、その昔アリエ川沿いのこの地に数多くのムーラン(風車)があった事に由来するという。
今年の1月のパリ通信でこの街で人気のパティスリー、サムエル・ジョードの店も紹介。ついでに美味しいガレット・デ・ロワを買って帰った。そんな繋がりのあるムーラン市のケーキをパリで開催中の農業博会場でいただくとは夢にも思わなかった。真に不思議な縁である。
オーヴェルニュ・ローヌ・アルプ地域圏でもサロン会場にブースを構え、地産物の展示や地ビールなどの販売をして、地元からのビジターで盛り上がっていた。農業地域圏と言われ、特に畜産業が盛んである。中でもこの地方で飼育されるシャロレー牛は、フランスで一番旨い肉と言われている。
このブース回りでも地元出身者が大勢集まり、ワインやビールを飲みながら大賑わいである。そんな賑やかブースの一角にちょっと変わったユニフォームに身を固めた男女が居て人目を引いている。カウンターの上に洋梨のタルトがあり、来客にプレゼント中であった。
この衣装を纏った人たちがコンフレリー・ムリノワーズ・デュ・ピカンシャーニュのメンバー。試食用のタルトがあり、勧められるままにいただいた。素朴さの中に何とも上品な風味が漂っている。フランスには色々な種類のタルトがあり、中で有名なのがリンゴのタルトである。ノルマンディーなどの銘菓だ。
今回いただいたタルトはピカンシャーニュという。フランス中央部ブルボン地方にある唯一のデザートと言われ、洋梨を素材に作られた幻のと言われるタルトである。
このタルト、地元ブルボンでも忘れかけられていたようで、他の地方ではその存在すら知らない人が多いそうだ。
この幻のタルトを復元しようとムーランのパティシェが音頭を取り、2019年に組合を設立。ピカンシャーニュの伝統を守り、世に広める事をその主旨とした。
古のピカンシャーニュはパン、またはブリオーシュに枝付きの洋梨を丸ごとを乗せたデザートであったそうだ。新しくできた組合では洋梨のタルトの上に皮をむいた洋梨をのせて飾りとしている。
組合ではレシピを統一して、組合員内での同じクオリティーを目指しているという。組合員のレストランやパティスリーでは「メートル・ピカンシャーニュ」の称号を冠し、共通のロゴを使用、普及に励んでいるそうだ。
現在メートル・ピカンシャーニュはムーラン市を中心にオーベルニュ地方から南仏にかけ15人が居るという。これからどれだけ広がっていくか今から楽しみである。
せっかくの機会、日本でもこの称号を冠するパティスリーやレストランを見てみたいものだ。どなたかが挑戦して発売するのも夢ではないと思っているがいかがだろうか。