小川征二郎のパリ通信


Vol.143 ブルゴーニュ料理

 恐らく異常気候の所為だと思う。毎年見かける中庭のカタツムリが今年は一匹も出現していない。日照りと乾燥続きであったこの夏場、どこに潜ってしまったのかその跡形さえ見せず夏が終わってしまった。

 ブルゴーニュ地方に近いせいか、夏になるとパリでは余り見かけなかったカタツムリがここモントローでは毎日と言って良いほど見かけた。中庭のコンクリート部分にもカタツムリが這った跡が残り、早く秋が来ないかと思ったものだ。

 春先の青葉が出始めると時を同じく小さなカタツムリが庭に登場する。夏の盛りになると形も大きくなり、秋になるとあっという間に姿を消す。ナメクジ嫌いの所為かカタツムリもあまり好きではない。その昔、このカタツムリを好んで食べると言うフランス人の話を聞いて驚異と敬意を持ったものだ。

 カタツムリを食べると言うと戸惑いがあっても、エスカルゴをいただくとなると何となく納得するから不思議だ。言葉の持つニュアンスとはこの様に違ってくる。以前ある方が書いたエッセイを読んだ。ブルゴーニュ地方では、森で取ったカタツムリをバケツに入れて3日ほど蓋をする。そして中のカタツムリが体内の灰汁を全て出した後にいただくのだそうだ。 

 

 サンセール村でブルゴーニュ料理を食べそこなったせいではないが、先日再度ブルゴーニュへのドライブを試みた。今回はお昼を予定に入れてのオセール行きである。

 オセールがブルゴーニュにある街と言う事は知っていた。パリから車でブルゴーニュのディジョンまでは高速で凡そ3時間半位かかる。県境を超え2時間位走るとルートが分かれ左に走るとディジョン方向へ、右に走るとボーヌ方向の標識が出る。その分岐点の前でオセールの標識が出るが、何時も標識を見るだけでその街に立ち寄った事はなかった。

 という事で今回が初めてのオセール行き。とは言えこの街についての前知識は全くない。今回のドライブも息子の運転である。

11時に家を出てヨンヌ川沿いに一路南下する。前回のブルゴーニュ行きとは異なるルートで周りの景色も新鮮だ。それにしてもこのルート沿いに広がる大地はある意味すごい。遥かに地平線が見え、180度の展望ほとんどが畑である。

 「まるでアメリカ大陸を走っている感じだ」と息子がつぶやく。何時の間にかリオン方向と標識のあるオートルートに乗っていた。後はひたすら南下である。凡そ1時間少し走ってオセールの標識が出た。路上に車が増えてしばらく走るとセントラル、市の中心に入る。

 前方に教会の尖塔が見える。後はナビの指示に従い旧市街方向へ。旧市街入り口近くに広い駐車場がありそこに停車する。夕方4時迄の駐車予定で2時間は無料とのことである。

 

 オセールは人口4万人足らずの街だがその昔ブルゴーニュ地方の中心都市であった。名物ワインの集積地として繁栄を重ねたという。ここからヨンヌ川、セーヌ川を経てパリまで河船を運行、ワインなどブルゴーニュの各種物産を運び多くの富を得た。当時の繁栄を物語る数々の史跡が今も残り、今では街のシンボルになっているという。

 

 駐車場出口からは歩きで旧市街へと向かう。曲がりくねった坂道が続き、道の両脇に歴史を経た美しい民家が並ぶ。良くぞ保存したものだと感心させるほどの古い家並である。何度目かの角を曲がると広場に出た。広場に面して有名なサンテティエンヌ大聖堂があり、中のジャンヌ・ダルクを描いたステンドグラスが訪れる人の目を引き付けていた。

 大聖堂を後にさらに坂道を歩くと広い駐車場に出る。駐車場の回りにはレストランやカフェなどが並び、その前にそれぞれの店のテラス席がある。そのテーブル席はどれも満席状態である。

 

 今回のオセール訪問第一の目的は、お昼にブルゴーニュ料理をいただくことである。駐車場周りの店を覗くが、しっくりくる店が見つからない。イタリアンであったり、ハンバーグがメインの店、またはインド・レストランであったりと、肝心のブルゴーニュ料理と記した看板の店が見つからず。仕方なく先に歩いた坂道へと引き返す。この路には1軒それらしい店をマークしていた。

 

 Le maison fort Restaurantはブルゴーニュ料理、地元で採れる有機食材を使うレストランとある。中に入るとギャルソンが対応してくれ、建物奥の庭にあるテラス席へと案内してくれる。パラソルの下に10数個のテーブルが並び、先客が食事中である。なかなか良い感じのレストラン、落ち着いた雰囲気がある。

 ギャルソンの説明によると三通りのお昼コース料理があり、前菜+メイン、デザート+メインで24ユーロ。前菜+メイン+デザートで29ユーロ、これにフロマージュが付くと33ユーロとなる。

 折角だからと前菜にエスカルゴ6個のカソレット、メインは野菜に豚挽肉の詰め合わせを選択する。しばらく待つと前菜のエスカルゴが運ばれた。その前にグラスワインでブルゴーニュ赤と息子はシャブリの白を注文。赤ワインの銘柄はイランシー・ドメーヌ・リシュー2020年もの、これがめっぽう旨い。ブルゴーニュ・ワインが王道である事を改めて認識した。

 メインに使われた豚肉はニトリー、モングレ養豚所から直送、エスカルゴはトレモンターニュで採れたものだそうだ。味の方も言うことなし、シェフのこだわりが客に素直に伝わる一品である。このレストランを選んで正解だった。

 凡そ1時間半の食事を堪能してレストランを後にする。再び坂道を登り駐車場に出て、オセール名所のひとつ時計塔を見に横道へと入る。15世紀に造られたというこの時計塔はオセールの建造物の中でも特に美しいと言われている。

 

 塔の門を潜ると下町商店街と言った感じの地域に出る。小さな店が並び地元住民と思える男女が増えて来た。時間は3時を過ぎているので店のシャッターを閉じている所もある。地方故ののどかな商いとでも言うのか、あくせくしない市民生活を垣間見た感じだ。

 観光名所見物より、下町商店街により興味がわくのは習い性、どの町を訪れてもまずは市民の台所と言った場に足が向いてしまう。この街オセールでも同様となった。

 歴史ある街には美味しいものがある。ここにも大都市にはない何かに出会えるのではと思いながらの散策は実に楽しいものだ。という事で何軒かのブーランジェリーを覗き見しながらぶらぶら歩き続けてみた。

 人気の店と聞いたMAISON ERIC ROYを覗く。思っていたよりこじんまりとした店である。時間の所為か店内に人の気配がなく中の様子が見えない。仕方なく近くにあるもう一軒のブーランジェリーに行って見る。こちらも小さな店、中でマダムと若い女性が働いていた。

 見るだけではと思いクロワッサンを注文するも、残念ながら売り切れと言う。ショーケースのケーキ類も残りが少なく、写真を撮らせて貰うつもりであったが断念。「夕方にはクロワッサンが焼き上がりますよ」にお礼を言って店を出る。

 再び時計塔に向かって歩くと1軒のパティスリー、ショコラティエルが目に付いた。店の表にJean-pierre et noelle BERTRANDの文字が、店内では男女客が買い物中である。店の作りも先程のブーランジェリーに比べ何となく趣があるので中に入ってみた。

 パティスリーとあるだけに先のブーランジェリーに比べケーキ類の種類も多い。ひとつひとつの作りもパリなどの店に比べると大きく見栄えがする。若い女性店員がひとりで客の対応をしているので店内を見せてもらう。肝心のショコラ類が少ないのが不思議だなと思いながら、先客が店を出たので店内写真撮影の許可をお願いしてみた。

 女性店員が「しばらく待って」と言って奥に消えた。しばらく待つと「良いですよ」の返事で撮影をする。ひと通りケーキを撮り終え、クロワッサン・フレーズなる美味しそうなクロワッサンを注文、見た目も結構いけている。

 ショコラ類の少ない理由を聞いてみると何となく曖昧、すっきりと返事が来ない。店の名刺をいただこうと思って尋ねたが、まだ出来てないとの事。まだ店に慣れないのかなと勝手に想像しながら支払いを終え、改めて店の外観を見てみる。

 入る時は気づかなかったが、入口横に張り紙があり、8月9日より経営者が変りましたとある。この日は8月30日、新しい店となって20日しかたってないのだ。店名も前のまま、ショコラ類の少なさ、スタッフのお嬢さん対応、店の名刺がないなどなど、成程そうだったのかと全てが納得できた。

 新しい店名はPatisserie GHKになるという。パトロンはカリーヌさんとジルさんのご夫妻。2012年にパリ郊外ガルシュに最初のブーランジェリー、パティスリーをオープンして店を続けた。今年オセールの現在店を購入して新たな出発となったそうだ。どうやらここは彼らの2号店である様だ。ジルさんはパン部門をカリーヌさんがパティスリー部門を担当していると言う。

 これからどの様な店に変っていくのか今から楽しみである。機会があったら今一度お訪ねしたいと思っている。

 

 ちなみに前の経営者ベルトラン夫妻はこの場所で26年間店を経営していたそうだ。幼馴染であったノエルさんとジャン・ピエールさんは人口15人程の小さな村の出身。時を経てとあるブーランジェリーで彼女は売り子、彼はパン職人になり再会。後に二人は目出度く結婚したという何ともロマンチックな物語。その後現在地に店をオープンしてオセールの名店に仕上げたそうだ。

 

 ほんの数時間滞在でも旅はやはり楽しく新しい発見がある。今回のオセールでもパリやモントローにない人々の暮らしぶりを垣間見ることが出来た。普段見る当たり前の光景がそうではないと感じさせるのも旅先ならではである。

 ほんの少しのブラ歩きで全てが見える訳ではないが、その事に気付く事で自分の意識に少しの変化、刺激を与えるものだと改めて思う。

 オセールにはサンテティエンヌ大聖堂以外にもサンジェルマン修道院や聖エウゼビス教会など歴史的遺産があるが、それらの訪問は次にまわす事にした。

 帰る前に駐車場横にあるカフェでひと休み、エスプレッソを飲みながら周りで寛ぐ人々の様子をぼんやり眺める。パリのカフェでは余り見かけない何組かの家族客がそれぞれに飲物を注文して会話に励んでいた。

 子供達が手にしている童話本はお土産に買ってもらったのだろう。そう言えばオセールは童話の街であるという事をその昔聞いた覚えが。その事に気付いたのもここを訪れた賜物である。もう一度来たい、改めてそう思った。


⬆︎TOP