2018年12月21日
Vol.100 メイユール・クロワッサン・ド・2018
2018年のクロワッサン最優秀店が決まった。パリ5区にあるブーランジェリー、ラ・メゾン・ディザベル。店のオーナーはイザベル・ベリーさん、女性である。女性ブーランジェの受賞も珍しいが、自分の店を持って僅か半年早々でこの名誉ある賞の受賞は特筆に値する。
イザベルさんの店はモベール・ミュチュアリテ広場、各種食品店が建ち並ぶ中にある。この広場には毎週末朝市が立つ。冬になり出かける機会が減ってきたが、春から夏、秋は良く利用する。特に近くに魚屋が無くなってからは、この市場や広場に面した魚屋のお世話になる事が多い。
市には花屋も2か所出来るが、近所の花屋に比べ3割近い安い料金で花が買える。夏になると新鮮な鮪が屋台に並び、適当な大きさに切り分けてくれるので重宝、時には大トロの部分だけを同じ値段で買える事もある。
そんな朝市で賑わう広場だが、広場に面した各種食品店にも常連客が多く訪れる。八百屋、魚屋、ワイン、チーズなどの専門店などウィークデイも店を開いており、何れの店も品揃えの良さで知られている。
70年代と言えば未だ日本人の数がそれほど多くなかった頃。すき焼きが食べたくなると、牛肉の塊を買い、少し冷凍して出来るだけ薄く切り、大皿に盛った。そんな時代に、ここにある肉屋でお願いすると、牛肉をすき焼き用に薄くスライスしてくれた。店で働く人達も日本人客が来ると「すき焼き用か」と尋ねるほど日本人には有り難い店であった。今では韓国系のスーパーなどで薄切り牛肉や豚肉が簡単に買える。
話は逸れたが、そんな店の中に1軒のブーランジェリーがあった。あまり目立たない店で、私は買った事が無かった。今回紹介するラ・メゾン・ディザベルがこの店である。元の店を改装、新たに立ち上げたのが今年4月。今回の受賞で店の看板を変え、その事で店の存在が広く知られるようになる。
先日、別々に二人の日本人女性とお話しする機会があった。何れもパリ暮らし経験のある方、パリには仕事や遊びで良く来られる。仕事は別だが、来る理由のひとつに、好きなパンを思い切り食べられる事と言う。最近日本でも美味しいフランス・パンが食べられる様になったが、やはりパリで食べるクロワッサンやバケットの方が美味しいそうだ。
そのひとりが笑いながら「色んな要素があると思うが、舌が馴染んでやっぱりこの味」と告げるのだそうだ。何となくわかるような気がするのは、私も帰国した時同じような経験がある。勿論クロワッサンでもバケットでも無い事は言うまでもない。
短い滞在だったがお二人とも既にラ・メゾン・ディザベルのクロワッサンを食べたとの事。結果は文句なしに美味しかったと絶賛された。
先日、4度目のクロワッサンを買いにラ・メゾン・ディザベルに出かけた。今迄3回店を訪れているがイザベルさんに会う機会が無いままに終わっていた。「とにかく忙しい方だから会いたいなら午前中が良いよ」と、スタッフの方に聞いていたので土曜日の10時に店に行く。既に長い列が出来ている。列に並ぶと後ろの男性二人が英語で早く来て良かったと会話をしている。私の前の女性はシンガポールからの観光客、土産話にここのクロワッサンを買いに来たそうだ。
クロワッサンとパン・オ・ショコラを2個ずつ買い8ユーロをレジで担当の男性に支払う。先回もレジで采配を振るっていたので「もし可能ならイザベルさんの写真を1枚撮りたい」とお願いしてみると、早足に奥の厨房へと向かってくれた。店が混雑しているので、今日も空振りかと思っていたら、厨房から戻って少し待ってと言う。お客の隙間を見ながらショーケースに並ぶケーキをカメラに収めていると、奥からイザベルさんが現れた。
若いとは聞いていたが、まるで学生の様な愛らしい方の出現に驚いた。何しろパリでクロワッサン一番の称号を獲得した人とは思えない可憐、華奢な女性である。店の隅で会って挨拶。真に感じの良い方、高ぶることなく対応して頂く。
名前と言い見かけと言い、生粋のフランス人と思いこちらも対応。聞いて驚いたのはイザべルさんはフィリピンの生まれで、フランス人のお父さんとフィリピン人のお母さんの間に生を受け、マニラで3歳まで育ったそうだ。勿論国籍はフランス、三歳でフランスに来てその後はフランスで教育を受けたと言う。
学校を卒業した後、パン職人を目指して「メゾン・ピシャール」に入店。ここで8年間パンとケーキ作りの修業を続ける。この間色々なコンクールに挑戦して各種賞を獲得、成果と自信を得ていく。2016年にはアイスクリームのコンクールでラブレー新人賞も獲得する。
グリーンにオレンジ・カラーのアクセントで、すっきり纏まった店作り、中央左側のショーケースには各種パンが並んでいる。後ろの棚にはパン・カンパーニュなど各種大型パンがずらりと。右側のショーケースにはパティスリー、何れも美味しそうな洒落た物ばかりだ。サンドイッチの種類も多い。
本人に言わせると「作りたい商品もまだまだあるので、これから更にアイテムを増やして行きたい」との事である。
スイーツ部門の充実ぶりもこの店の利点、ショーケースには美味しそうなパティスリーが品よく並び、次々と売れていく。有名パティスリーのそれと遜色のない商品の数々、アイデア豊富、デザインの面白さ、形や色どりの妙と菓子作りのセンスの良さが、ショーケース全体に表れている。ほめ過ぎの感があると受け止められそうだが、実際良いお菓子が並んでいるのを見るのは楽しいものだ。
素材はBIOに拘ると言う。体に良いと言う商品作りはこれからも続けるそうだ。クロワッサン1個1ユーロは、パリのBIO関連ブーランジェリーでは一番安いとも言われている。BIO愛好家にとっては真に有難い値段の設定だ。BIO支持者が増え続けるフランスの現状で、こう言う商いの方向は、これからのひとつの指針になると思われる。
もう少しじっくりとお話を聞きたかったが、予約なしでの突然訪問。店も超多忙の様子なので、ここで辞退する事に。出来れば今一度時間を取って頂きたいと思っている。突然訪問の失礼を詫びて店を出る。別れ際に何かあったらこちらにと、携帯電話番号を頂いた。今年のクリスマスケーキの予約はこのナンバーにしたいと思っている。
店の表を采配しているのはパートナーのクレマンさん。レジでお客に対応していた方、こちらも真に感じの良い方であった。これからお二人の更なる発展が楽しみである。
メトロ10番線、モベール・ミュチュアリテで下車。エスカレーターで地上に上がるとすぐ右側に黒い天幕があり、それが店の目印である。
LA MAISON d’Isabelle
場所 47 TER Bd saint Germain 75005 PARIS
tel 01 4354 0414
月曜 休業