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小川征二郎

小川征二郎

フードジャーナリスト。現在パリに在住し、サロン・ド・ショコラ等のイベントや、パリの最新パティスリーを取材している。


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小川征二郎のパリ通信


Vol.92 ヴィセンスのトゥロン

 パリには世界中の名物スイーツを売る店が結構ある。昨年パリ左岸にオープンしたヴィセンスもそんな店のひとつ、ちょっと珍しい高級スペイン・スイーツの店だ。

   

 パリ左岸の5区、セーヌ河畔を走るトゥルネル通りの21番地。ノートルダム大聖堂の裏側が望める場所で、鴨料理で有名なトゥール・ダルジャンは3軒隣にある。通りに面して大きな1枚ガラスのウインドーが目印、外から美味しそうなヌガーやショコラ、飾り棚に並ぶ白の洒落たパッケージ、ディスプレーなど店内の様子がよく見える。
 右側にある扉を押して中にいると正面のレジに若い女性が居た。店のスタッフ、メリサさんが笑顔で迎えてくれる。
「見るだけですが良いですか」の問に、どうぞどうぞの答えが帰ってきた。磨きぬかれたフローリングの床に真っ白の飾り台が並ぶ。その上にこの店の商品がバランス良く積んである。ショコラ、焼き菓子などと並んで、スペインの代表的なお菓子と言われるトゥロンというヴィセンスを代表するお菓子だ。

 

 トゥロンは焙煎したアーモンドやナッツを卵白、蜂蜜、砂糖など、低温で煮詰め練り固めたものである。話によるとスペインではクリスマス菓子として欠かせない物らしい。ちなみにフランスでは、この菓子のことをヌガーと読んでいる。材料、作り方に若干の違いがあるようだが、見た目、食感、味は殆ど同じである。

 トゥロンやヌガーは呼び方の違い、地中海沿岸国ではどの国でも見かけるお菓子である。かってのスペイン領であった南米やフィリピンでも人気のスイーツであるらしい。

 元々はアラブ菓子がスペインに渡り、それを元に工夫を重ねて完成したのがトゥロンと言われている。これがイタリアを始め各国に広まり、地中海沿岸を代表する銘菓となった。フランスでは南仏のヌガーが有名でサロン・ドュ・ショコラにも毎年出展される。

 

 以前この稿で紹介したニースの老舗パティスリー、オエーのヌガーが大変美味でパリへの土産に買った記憶がある。南仏ではローヌ・アルプス地方のモンテリマールのヌガーが有名で、ここで作られるヌガーにはある規定があるらしい。資料によると全体量の28%のアーモンド、2%以上のピスタチオ、25%以上のハチミツ含有ではじめてモンテリマール・ヌガーと認定されるそうだ。

 

 トゥロンとヌガーの作り方は殆ど同じだが、ヌガーにはメレンゲを加える事でより上品な味に仕上がるらしい。好みにもよるが、上質蜂蜜を多く使うことで旨みが増し、値段も違ってくるそうだ。

 

 フランスでは誰でも知っているお菓子ヌガーだが、日本ではどうだろうかと少し調べてみた。結果、メジャーとは言えないまでも日本でもヌガーは結構売られていることが解った。またスペイン菓子を作る工房もあり、上質のお菓子が作られているようだ。ネットでの通販も行われ、トゥロンも本場スペインから輸入して販売されているとある。

 

 ヴィセンスは創業1775年、スペイン北東部カタルーニャ州アグラムントという村で誕生した。古くからトゥロンの生産が行われ、ある貴族の手紙にもヴィセンス家の名前が記されている。グラムントは元々伝統的なトゥロンと岩チョコと呼ばれるチョコレートの生産と農業で成り立っていた。

 伝統的な菓子トゥロンとはアーモンドを蜂蜜で固め、それを卵白と小麦粉を混ぜ薄板状に焼いたもので挟んだものである。

 その後、カタルーニャ地方独特のトロンが作られるようになる。卵黄を使ったトロン・クレマ・カタルーニャ、白生地の上にオレンジやさくらんぼなどのドライ・フルーツを飾ったものがカタローニャ・トロン(カタルーニャ地方は独自の言語を使用する事が多くトゥロンもトロンと呼ぶ事があるらしい)として有名になる。このトゥロンに色々なアイデアを凝らし、発展してきたのがヴィセンスで、今では150種のアイテムがあるそうだ。

 この店ではトゥロンの他にもカタルーニャ地方の伝統菓子カルキニョーリが有名である。又チョコレート菓子も多く作られていて、得にホワイト・チョコが独特の風味で人気があるそうだ。スペインはヨーロッパ・チョコレートの発祥の地、中南米メキシコからカカオをスペインに持ち帰った事で近代チョコレートの歴史が始まった。

   

 カタルーニャの老舗店をスペイン・ブランドにまで仕上げたのが、2000年から経営に参入した実業家アンへル・ヴェラスコと息子のアンへル・ヘレロである。この親子のマネージメントで会社は躍進する。結果、2010年にバルセロナ近郊のシトヘス市とラ・ホンケラ市に初めての店を構える。更にバルセロナにも次々と出店する。

 現在海外を含めて30店舗以上の店を経営、アジアには未だ店がないが、ドバイ、カタールには既に店があり、世界中で上品なヌガーのシンボル店と高評価されている。カタルーニャ産の高級素材を厳選、永い伝統で培った職人のノーハウと経験が商品クオリティの秘密と言われている。

 2009年に正式なアグラムントのトゥロン(ヌガー)の認証機関が設立された。2011年にアンヘル・ヴェラスコさんがこの認証機関の会長に就任されたそうだ。

 

 店で話を聞く間にもお客が次々に訪れる。中にスペインからの観光客もいた。フランスのスイーツも美味しいが、ヴィセンスのブティックを見て思わず引き込まれたと笑っていた。ホテルに帰りトゥロンを食べるのが楽しみだそうだ。

 

 柚子風味のトゥロン・ライセスを買って食後のデザートにしてみた。チョコレート・コーチングされたトゥロンの中に仄かな柚子の香りがする。爽やかな風味に意外性があり美味しかった。カタルーニャで柚子が採れるのか解らないが日本人には馴染める味である。そう言えば日本ではヨーロッパに柚子を輸出していると聞いた事がある。

 日本の農産物が世界で認められるのは有難い事、農家にとっても励みになると思う。そう言えば、こちらのフランス料理店でも風味付けに柚子や柚子胡椒を使うシェフが増えているそうだ。


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