小川征二郎のパリ通信


Vol.183 クレープの日

 

 2月のフランスを振り返ってみる。2日はChandeleur(シャンドルール)というキリスト教の祝日であった。この日はクレープの日とも言われ、フランスではクレープを焼いていただくという習わしがある。
 クレープについては今更説明の必要もないだろう。日本でも一般化した食べ物で、街ではクレープ専門店もあると聞く。私も時々だがクレープを買っていただく事がある。大の男がと笑われそうだが、無性に食べたくなると後先を考えず屋台のクレープ店で買い、歩き食いをする。
 今でも一番お世話になるのがサンジェルマン教会前にある屋台だ。今から30年位前まではパリのメトロ各駅前や小学校近くに当たり前のようにクレープ専門店があった。その店がいつの間にかケバブ屋やハンバーガー店に代わっていく。正確に調べた訳ではないが、当時に比べるとパリ市内のクレープ専門店は半分に減っているのではないだろうか。今でも時々専門店を見かけるが昔の勢いはない。

 パリでクレープ専門店が多く集まる場所と言えばモンパルナス駅界隈である。モンパルナス駅と言えば大西洋岸に向かう列車のパリ起点で、ブルターニュ地方への出発終着駅でもある。クレープ発祥と言われるのはブルターニュ地方だ。フランスでは農耕地が少ない地域と言われ、その昔からそばの栽培が有名であった。
 クレープには小麦粉を使ったものとそば粉を使った2種類がある。そば粉を使用したものをガレットという。そばの産地ブルターニュではその昔ガレットが主食であったらしい。現在でもクレープと言えばブルターニュと結びつけるフランス人が多い。
 モンパルナス駅界隈にクレープ専門店が多いのもブルターニュ人との繋がりと唱えられる。ブルターニュからパリ・モンパルナス駅に着いた人たちが安くて手軽な郷土の味を求めて駅近くにあるクレープ屋に集まったのだそうだ。
 オデッサ通りは通称クレープ通りと言われるほどクレープ店が立ち並んでいる。どの店もはずれがないと言われるが、そんな中でお薦めの店と言えばLa Creperie de Josselinで、とにかく人気の店だ。クレープの種類も多くいずれも美味である。クレープに付き物のシードルも旨い。
 パリ在住の頃は年に一度はジョスラン店に通った。日本からパリを訪れる方で「本場のクレープを食べたい」という人は意外と多い。そんな方達とご一緒したのがこの店である。そう言えばここ数年はご無沙汰している。

 2月7日、モントローで切手市が開催された。切手に特別の興味がある訳でもないが、珍しい催しなので散歩がてら出かけてみる。サル・リュスティックという各種イベントが開催される場所で、わが家からは歩いて1分の距離である。
 会場にはテーブルが配置されており、売り手がファイル、または透明な袋に入れた切手を並べて販売するというものだ。それを目当てに大勢の愛好家が集まって、手にしたり虫眼鏡持参で熱心に探索している。何の分野でもそうだが収集家なる人たちは熱心だ。
 テーブルに並ぶのは切手だけではなく、中には骨董品や古い雑誌、がらくたもある。あるテーブルで呼び止められて「伊万里の皿がある」と大皿を見せてくれた。どうやら中国、韓国人と日本人の見分けができる人のようだ。
 サル・リュステックは長年モントロー市のイベント会場としての役割を果たしてきた。2年前、現市長の肝いりでle Majestic scene de Montereau(市民会館)がオープンし、その後市の重要イベントはこちらで開催されるようになった。毎月各種行事がサル・リュステックで行われている。行事の違いはあっても欠かさずあるのが飲食提供の場で、今回の切手市ではクレープ売り場が登場した。ひと通り会場見物も終えたので、帰りにクレープを買う。1枚4ユーロで、添えの具はキャラメルにした。今年最初のクレープである。

 私の住むモントロー市は人口およそ3万人と言われている。近くのフォンテーヌブローよりは小さいが、周りの町村よりは大きく自治体もしっかり機能している。このレポート書くにあたり少し調べてみたら現在市内にクレープ専門店は1軒もないことがわかった。少なくも5年位前までは何軒かのクレープ店があり、それなりに繁盛していたそうだ。
 毎年12月になると旧市街の広場にクレープとチュロスを売る屋台が登場してそれなりの客を集めていたが、この屋台も2年前から無くなっている。ひょっとしたらフランス食文化の変動期では、クレープ屋の消失から始まり、各種ファストフード店の台頭現象と繋がっていくのだろう。今この市でクレープを食べたくなったら、フランス・レストランに行きデザートとして注文するしかない。後はスーパーなどで既製のクレープを買い、家に持ち帰ってフライパンで温めて食べる。それはそれで良い事だが、あの懐かしいクレープ店がフランスから無くなっていくのは実に残念な事である。

 

2月14日バレンタインデー

 2月のレポートにパリのバレンタインデー事情について何度か書いた記憶がある。バレンタインデーとは実に不思議な祝日である。いつの間にかこの日を愛の日と呼ぶようになる。さらにショコラの日とも呼ばれるようになりパティスリーの棚に各種ショコラが飾られるようになる。バレンタインとショコラの繋がりは曖昧という説もあるが、商業行事として現在も続いている。
 この日に女性から男性にショコラをプレゼントするという日本独自の行事がいつの間にか定着するようになる。今でもそうか解らないが70年代はこの様なやり取りが当たり前のように行われていた。この日のためにフランスのショコラをわざわざ取り寄せてプレゼントする女性も居たという。
 フランスでバレンタインの日に女性から男性にショコラをプレゼントする習わしはない。とは言え、男女を問わずこの日に親しい人や愛する人にプレゼントをする人は多いようだ。一番ポピュラーなものと言えば花で、中でもバラを送る人が多い。近所の花屋でもこの日は大賑わいとなる。
 本をプレゼントする人も多い。親から子へ、祖父母から孫への本のプレゼントである。意外と思われるかもしれないが、通勤電車内で本を読む人は多い。もちろん、スマートフォンを使う人もいるが、読書とスマートフォンの利用者は半々である。

 先日パリに出かけ、パティスリーを何軒か覗いてみた。理由はバレンタインとショコラの繋がりを見たかったからである。さすがパリ、多くのショコラトリーやパティスリーではバレンタイン用のショコラ商品やディスプレイに力を入れている。
 とは言え最盛期の勢いは見られない。店全体をショコラ商品で華やかに飾った店が今年は少なくなった。時代の流れだろうか、バレンタイン熱が冷え込んでいる。わずかに頑張っているのが老舗のショコラトリーである。
 ショコラが好きというフランス人は相変わらず多い。2020年のある資料によるとフランス人1人当たりの年間消費量は約3.6kgに対し、日本人1人当たりの年間消費量は約2.1㎏と言われている。人口は日本の方が倍近くある。ちなみにショコラを食べる1人当たりの年間消費量の多い国はドイツ、スイス、イギリス、ベルギーと並びフランスは確か8位である。ただし輸出量となると順位がまた異なってくる。

 MAISON GEORGES LARNICOLはフランス西部ブルターニュを中心に全国展開をするショコラと焼き菓子の専門店だ。創業はブルターニュの小さな町で屋台販売から始まったと言われるが、その後路面店を作り成功した。1999年に画期的なアイデアと言われるショコラとビスケットの量り売り商法が評判を呼び、現在ではパリに4店舗、そして全国へと展開させている。
 今回はその中の1軒である、メトロ・オデオン駅前の店を覗いてみた。店の中心に大量のショコラを使った、エジプトの古代国王ツタンカーメン像が飾られている。店内レジを中心に左側はショコラ中心の量り売りコーナーがあり、素朴な木枠の棚やケースを使った各種ショコラのディスプレイに目がいく。用意された小さなショベルでこれまた用意された紙製のパッケージやビニール袋に自由に取り入れる仕様になっている。選んだショコラはレジに持参して清算してもらう。好みの味、好きな形のショコラを好きなだけ選べる方式が何となく得したようで、つい買い過ぎになりそうだ。
 この店の良いところは商品構成の独自性だ。ベースがブルターニュ地方だけに郷土菓子を意識したビスケットやキャラメル、クイニーアマンなどの焼き菓子類などが多い事である。華やかさはないが、味で勝負の作り手のメッセージが店全体に漂っていた。それにしてもショコラ商品の多さは嬉しい。ショコラ原材料の高騰で地方のパティスリーやブーランジェリーでの仕入れが減少し、販売数も減っていると言われる。それだけに自分の裁量で自由に買えるこのような店は有難くまた貴重と言える。

 オデオン界隈でもう1軒店を覗く。パティスリー・ブーランジェリー・THEVENINというお洒落な店で、現在パリに4店舗を展開する人気店だ。パリ郊外のモーで60年代ベルナールとジャニー二夫妻が創業し、息子の代で1990年パリに進出、3代目の現在は評判を得て店舗を拡大している。6区ビュシ通りの店が今回訪れた店である。
ビュシ通りはサンジェルマン界隈でもレストランやカフェが数多く立ち並ぶ人気スポットで、とにかく賑わいがある。テヴナンになる前は地元民に長い間愛されたブーランジェリーやパティスリーであった。かくいう私も随分とお世話になった店である。店がTHEVENINに代替わりして店内が明るくなった。パティスリーの品数も増え、ディスプレイもより華やかになる。それと同時に、客層も地元住民から観光客や他の地区からの人たちが増えてくる。デリバリーにも力を入れ近くのホテルからも注文が増え、パーティーなどの対応にも備えているそうだ。今回訪れた日はバレンタインデーを過ぎていたが、店内にはハート形の飾りやショコラ商品構成の多さなど、祭りの余韻を残していた。
 それにしてもバレンタイン・ショコラ熱は随分と冷めている。原因のひとつと言われているのが原材料カカオ豆の価格高騰だそうだ。気候変動によるカカオ豆の生産減少に加え、生産農家が酪農などへ転職・廃業などマイナス要素が重なり過ぎ、先の見通しも立たないそうだ。特に零細業者はこの様な環境では思うような収穫が成り立たないという。
 ショコラ大手の企業は独自のプランテーションを所有し、長年培ったルートで生産を確保しているが、零細業者はそれすらできないのが現状であるという。
 私の住むモントローのブーランジェリーでは、独自にショコラ商品を生産販売できる店はほとんどないそうだ。その結果、祭りやイベントがある度に大手企業から仕入れて販売している。値段も毎年上がっているので販売に影響がでている。4月になればキリスト教最大の祝典、復活祭がある。クリスマスに並ぶショコラ祭りともいわれるパックである。果たしてショコラの復活はあるのか、今から楽しみにしているところだ。

 


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