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小川征二郎

小川征二郎

フードジャーナリスト。現在パリに在住し、サロン・ド・ショコラ等のイベントや、パリの最新パティスリーを取材している。


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小川征二郎のパリ通信


Vol.137 まさかの出来事

 世の中に予測できない事が起こると言う事は今までもたびたびあった。例えば近年盛んに発生する自然災害もそうである。気候変動によると思われる豪雨、豪雪、その反対極にある大干ばつなども挙げる事ができる。これらは温暖化による自然界の驚異、災害である。

 その一方で人間が作り出す予測できない出来事もあり、その事を今我々は身近に体験している。多くの人が思いもしなかったロシア軍による突然のウクライナ侵攻。数日前からアメリカ政府がロシア軍によるウクライナ侵攻はあり得ると警鐘を鳴らしていたが、その事を真実と受け止める人は少なかったと思う。

 普通に考えると突然侵攻の理由が解らない。ウクライナがロシアに何かを仕掛けた事があったとも思えない。後だしジャンケンで理由は幾らでも作られるが、少なくとも私が納得する理由は何ひとつなかったと思う。

 侵攻から10日たった今日、戦禍は広がり、ウクライナから近隣国へと脱出する人々の数が150万人を超えたと言う。この様な惨状を毎日伝えるフランス・メディア、世論も沸き立ち、ウクライナ支持と停戦を願うデモが週末に行われた。パリで1万5千人が、フランス全土では4万人が参加している。

 世界各国でこの様な抗議デモが行われている事でも、今回のロシアによるウクライナ侵攻がいかに意味のない、無謀な出来事であるかが証明される。侵攻開始以来、日本とフランスのニュースを見比べている。その対応の仕方には雲泥の差がある。

 砲弾の飛び交う前線で命を懸けてテレビ・カメラをまわすカメラマンや取材記者に比べ、砲弾の届かぬウクライナ領土外の地での報道が多い日本報道陣の取材方法の違いは、やはり戦場取材経験不足の観が際立って見える。もちろん厳寒のしかも混乱が続く地での奮闘ご苦労ぶりには素直に頭が下がるが。

 フランス、アメリカ、イギリスなど前線基地で飛び回る女性記者の驚異的な活動ぶりを見るにつけ日本と欧米ジェンダー対応の差を改めて感じている。

 危ない所で取材する事だけを良しとはしないが、危険地域での情報を他国のメディアに頼る様に見える日本放送界の在り方にはいささかの懸念も感じている。

 この稿が皆さんの目に届く頃には状況も変化していると思われる。一日も早いロシア軍の戦闘停止、ウクライナからの撤退を切望する毎日である。語りたい事は山とあるが、本稿の主旨ではないので、今回はちょっと気になるふたつのショコラトリーについてレポートしてみた。

 

             L’Instant CacaoとRomuald Sadoine

           

ランスタン・カカオ

 以前取材した店でもう一度訪ねてみたいと思った所が何軒かある。どれも小さな店だ。有名店で老舗、人気の店はその後も支店を増やし、さらにチェーン店化してインターナショナル・ブランド化するのがこの業界のひとつのセオリー、今や企業の定石となっている。それなりに高評価され消費者もそれに追従するというパターンができ上がる。資本力を背景にPRなどにも力を注ぎ、メディアにも数多く取り上げられ、さらにマーケットを拡げる事ができる。

 個人的には、小さな店でオーナーシェフが孤軍奮闘する様子を見るのが好きだ。前回のレポートでは偶然に見つけた中華系パティスリー「甜品工房」を紹介した。この店も以前訪れ、その後が気になっていた店のひとつである。

 先日、2年ぶりにショコラ専門店「ランスタン・カカオ」店を訪ねてみた。コロナ感染症が起こる前にこの稿で紹介した店である。2年前、正確には2年半前だが、この店がオープンして間もなかったと記憶している。その時「日本人客としてはあなたが最初ですよ」と言われた。

 店のオーナーシェフ、マーク・シャンショールさんが独立してこの場に店をオープン。それを助ける母上と二人三脚と言った感じで営業をしていた。当時店の商品は10種類位のショコラ・タブレットだけ。これで営業を続けられるのかな、と心配した事を憶えている。

 ビオ・カカオにこだわり、南米、中南米、アフリカの産地を一人で回り農園主を説得しながら小ロットで買い付けに成功。事業の出発とした話をしてくれた。

 うまく行くのではと思ったのは、私が店で話を聞いている時訪れた近くに務めると言う女性客である。仕事の気分転換に店を訪れその都度2、3枚のタブレットを買っているとの事だった。開店以来週に2、3度訪れると言う。その間別の女性客が訪れ2枚のタブレットを買い求めた。その方も今では大切な常連客になっていると聞いた。

 マークさんの話では、一日も早く新製品を開発、発売するのが今の目標と言う事だった。2年半後の今、店は大変わりしていた。ショーケースの棚には新製品の美味しそうなショコラがズラーっと並んでいる。Bonbon mendiant maison, Pralines maison, Ganaches maisonと種類分けされたショコラの数々だ。

 他の店も同様だがコロナ禍で悪戦苦闘したパリの各種商店である。マークさんの店も例外ではない。それでも頑張り続けられたのは、店は潰せないと言う後に引けない現実から。ある意味母子二人だけの会社だった事が結果として良かったという。

 何とかしのぎながら新製品作りを始めた事で客も徐々に増えたそうだ。マークさんの下に新しいスタッフが一人増えていた。若手の男性だ。表の仕事は相変わらず母親であるマダムの役割、未だひとりで頑張っているそうだ。

 

 今年、店に大きな転機が起きた。日本のある企業からバレンタイン用に注文が入ったとの事。店にとっては思いもしない大量注文であったそうだ。さらに日本でのサロン・ドュ・ショコラに出展のオファーも来ていると言う。注文先からの話であるようで、正式契約となれば店はさらに軌道に乗せられると言う。

 2年半前の店の様子からは想像もできない、まさにハプニング的な現在の店の様子である。できる事なら日本での成功も、ぜひ実らせて欲しいと思っている。

 

 

ロミュアルド・サドワン、ショコラティエ

 6日、パリ郊外ボワ・ル・ロアの朝市に出かけた。ここには昨年7月(確か)に一度訪れて居る。ボワ・ル・ロアはパリから電車で凡そ40分の距離、お城で有名なフォンテーヌブローからひと駅パリ寄りの小さな町である。

 フォンテーヌブローの森が近く、パリからトレッキングやサイクリングを楽しむ人が多く訪れる。朝市は毎週日曜日の午前中に開かれる。場所は駅前広場、普段は駐車場として使用されているようだ。

 この朝市にワゴン販売をするショコラトリーが登場して話題になっていると聞いたのは昨年の春頃だった。と言う事で7月に一度訪れたが、肝心の店はバカンス中との事で空振りに終わった。

 列車を下りたのが11時30分、歩き3分の距離にワゴン車はあった。黒塗りの車は店舗用に改装されている。中でスポーツ用トレーナを着た男性が客の対応をしている。買い物を済ませた客が車から離れたので、声を掛ける。

 少し話を聞かせて欲しい旨を伝えると「良いよ、なに」の返事。その間にも客が訪れる。「仕事を続けて下さい」と伝え横で様子を見る。客は車内を見上げる様に注文、話の内容から常連客の様だ。板チョコを3種、適当な大きさに折ってデジタル用計りに乗せる。グラム単位の量り売りだ。「また来週」の挨拶を残して客が去り、会話を続ける。

 

 ショコラトリーのオーナー兼シェフの名前はロミュアルド・サドワンさん、今年33歳になられたそうだ。パートナーとの間にお子さんが一人、2020年12月に会社を設立して現在に至る。話を聞くと、それまでの経歴が結構面白い。旅好きが昂じて2013年から2017年迄、世界周遊の旅に出る。

 色んな国を回り、オーストラリアでショコラ店に雇ってもらう。その経験を生かして帰国後ショコラティエを目指す事になる。2017年に海外旅行を終えてフランスに帰国、その後3年間ショコラトリーに就職し、2020年10月に退職して独立を目指す。2020年12月に会社を設立、自宅にアトリエを作る。だが出だしは順調とは言えない。

 そこで思いついたのがワゴン車による販売方法である。旅好きと人に会うのが好きと言う単純な発想に基づいての事だそうだ。ワゴン車はアトリエも兼ねる様に改装した。「ロミュアルド・サドワン・ショコラトリー」と命名、好きなフラミンゴのイラストも描き添えた。

 ボワ・ル・ロワで生まれ、そこで育った事で近隣の町の様子も熟知している。実家は肉屋、総菜屋も兼ねる地元の有名店で知り合いも多い。早速朝市での営業を始める。クレッシー・ラ・シャペル、ヨンヌの朝市と曜日を変えて出かけたが、メインは日曜開催のボワ・ル・ロワの朝市とした。

 良質の材料にこだわり、単価はできるだけ抑える。まずは各種板チョコを商品の基本としてプラリーヌ、ガナッシェなども、さらにクッキーなども加えた。ホームメイドを売りに板チョコなどもスーパーで売られる大量生産物より少し高いが、質の良さにお客は納得してくれているそうだ。

 最近、娘の名前にちなんで「ローズ」の花びら入りのホワイトチョコを新発売した。ちなみに共同経営者であるパートナーのソフィーさんはパティシエとの事である。日曜の朝市が終わると次の週までの製品作りが始まる。

 さらに小学校などを回り、ショコラ作りの授業を始めてショコラの歴史、文化なども教えるボランティア活動も始めた。ショコラ好きのフランス人らしい発想だ。ワゴン車を利用してショコラ好きの人にワークショップも開催しているそうだ。以上は客対応の合間に話した事に、いただいた資料の一部を加えたものである。

 

 ひとりの客が去ると次の客が来る。そして挨拶が始まり会話へと続く。森へとトレッキングする人には一人歩きならこのコースが良いとアドバイス、サイクリング夫婦には今はこのコースにしたらと、地元人ならではの会話が続く。その都度板チョコが売れていく様子を見ながら、ショコラは単に嗜好品ではなく、健康食品なのだと改めて認識した。

 帰りに板チョコ2種とクッキー2枚を買った。合計12ユーロ、有名店のタブレット1枚分の値段、味は申し分ない物だった。


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