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小川征二郎

小川征二郎

フードジャーナリスト。現在パリに在住し、サロン・ド・ショコラ等のイベントや、パリの最新パティスリーを取材している。


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小川征二郎のパリ通信


Vol.135 迎春

 2022年の年明けは暖かくのどかだった。モントローは小さな田舎町ゆえ大都会に比べ騒音も無く、誠に静かな新年の幕開けである。明け方は雨音が聞こえたがそれもほんのわずかな時間、お昼近くには日射しが見えて来た。平地での御来光の様にも見え一瞬身が引き締まる。今年は何か良い事がある、わずかな希望を持って新しい年を迎えた瞬間である。

 雑煮を頂きながら今年一番のテレビ・ニュースを見る。わずかな希望を打ち壊す様にフランスのコロナ新規感染者が一日25万人を突破したとキャスターが報じている。アメリカでは百万人超えとも。

 午後は紅白歌合戦の録画を見る。見ていて一向に気が乗らないのは歳のせいか、それとも長く日本を離れた故のことか。歌にも踊りにもついていけない。男性司会者の進行振りもファンの方達には申訳ないが、何となく鼻に付く。

 翌日ネット・ニュースを見ていたら、紅白司会者の軽妙な会話で紅白が盛り上がったとあるのを見て、私自身の時代感覚のずれを改めて痛感した。

 

 二日はこちらの仕事始め、早速近くのブーランジェリー、パティスリーに出かけてガレット・デ・ロワを買う。昨年暮れから売り出している店もあるが、これだけはやはり新年の菓子として頂きたい。節目節目にこだわる事の良し悪しは別として長年の習慣となっている年頭のガレットだ。

 嬉しい事にIsabelle & Claude Vidonは年明けと同時にガレット・デ・ロワを発売する。より正確に言うなら2022年の公現祭は1月6日木曜日、伝統にこだわるならこの日に買うべきであるのだが。

 当然だが作りたてのガレットは美味しい。アーモンド餡もしっとりと滑らかだ。長持ちするとは言っても日にちが経てば生地のパイもアーモンド餡も乾燥して味が落ちる。と言う事で作りたてが食べられる店に足が向く。

 今年1号のフェーブはアメリカのアニメに登場するGUMBALLだった。1月一杯は食後のデザートはこのガレットになりそうなので、棚に何個のフェーブが並ぶのか今から楽しみである。

 

 2022年ガレット・デ・ロワ・コンクールで1位を獲得したのはPatrick DUMONTパリ郊外南西部クラマールにあるパティスリー・ブーランジェリーである。2006年にはクロワッサンで最優秀受賞と言う有名店。残念ながら遠距離となるため、今回はパスする事にした。

 

 Isabelle LEDAY イザベル・ルデー

 ガレット・デ・ロワ2位に選ばれたのはイザベル・ルデー。パリ5区モベール・ミチュアリテ広場に店を構える人気パティスリー・ブーランジェリーである。2018年にはクロワッサン最優賞を獲得した。この受賞で爆発的人気を得、今では世界中のパン好きが買いに来るという。

 実際、この人はスイーツ界の天才だと私は思っている。ブーランジェリーに限らずパティスリー界でも注目を浴びているが、ショコラ、氷芸術やアイスクリームなど数々の賞を取り、さらに今回の受賞とその活躍分野は広がる一方だ。

 イザベルさんについては2018年(不確か)のこのレポートで紹介した記憶がある。その後モベール広場に行く度にクロワッサンを買い続けている。あの独特の張と甘味の調合が実に見事、飽きがこない味だ。

 7日パリは雪交じりの雨とお天気姉さんの予報、昨日から気温も下がり寒さも加わった。11時モベール広場に到着。今日は朝市がないので広場がより広く感じる。広場に面した店、八百屋、肉店、魚屋、チーズ、ワイン、惣菜屋と並ぶ店は全店オープンしている。

 もし、パリに来られる機会があったら一度モベール広場まで足を運ばれる事をお勧めしたい。なぜなら広場横に並ぶこれらの店はどれも名店揃いだから。中でもチーズと惣菜店は一度訪れて損はない。商品のセレクトも見事だが、自家製こだわり各商品が実に良い。

 

 メゾン・イザベルの前には30名位の列が出来ていた。店内もレジまでこの列が続いている。ショーケースの奥ではスタッフが客の注文を聞きながら商品を袋の、または箱の中へとまるで流れ作業の様に対応している。

 そのほとんどはガレット・デ・ロワの注文である。スタッフが聞くのは「何人前ですか」のシンプルな言葉、答えを聞いてガレット専用の紙袋に入れ手渡し、レジに向かって手渡した品の数を伝える。さらにクロワッサンやパン、ケーキの注文をする人も多い。

 列に並んで私が注文をしたのはガレット・デ・ロワ4人前分19、50ユーロとクロワッサン2個。レジで支払いを済ます。スタッフの皆さん全員マスク着用のため見分けがつかない。その一人に「イザベルさんは居ませんか」と尋ねると「地下の厨房で作業中」と言う。

 皆さんとにかく忙しそうで声を掛けるのも気が引けたが「もし可能ならイザベルさんの写真を撮りたい」と聞いて見る。応じてくれた若い女性が感じの良い人で地下に降りて伝えてくれた様でイザベルさんが上がってきた。

 作業着のまま、袖には粉が付いている。突然のお願いを詫び軽い挨拶を、イザベルさんも私を覚えていてほんの暫し立ち話に。髪の直しもしないまま早速写真を1枚撮らせてもらう。笑顔が印象的だ。本人には失礼だと思うが、改まった写真より実はこんな写真が欲しかった。

 行列は相変わらず途切れない。店の熱気も収まる気配はない。この若さでこれだけの店を切り盛りするエネルギーはどこから出るのか不思議でもあり、改めて感心させられた。イザベルさんの話によると朝の開店来ずーっとこの様子であるそうな。改めてその人気ぶりに驚かされた。

 

 夜の食卓で早速ガレットを頂く事にした。艶やかに焼き上がったパイ生地の模様は比較的シンプルに描かれている。切り分けた中にはアーモンド餡がしっかりと詰まっている。イザベル独特の餡の旨味、その秘密は餡に練り込まれたリキュールにあるようだ。通常はラム酒を使うようだが。その香りと仄かなアルコールの風味がアーモンド餡に深みを加えている様に思えた。相変わらず美味い。

 中に挟まれたフェーブ、今年は公現祭にちなむ賢人のひとりと思える。もうひとつは卵であった。通常4人分のガレット・デ・ロワにはフェーブが1個入っている。それがイザベルのそれには2個の異なるフェーブが入っていた。ひょっとすると賞獲得のイザベルさんからの特別お祝いだったかもしれない。

 

 COVA FRANCE コヴァ・フランス

 昨年12月のレポートでミラノの名店COVAがサマリテーヌの別館にオープンしていると書いた。改めて入店してみたいと先日出かけてみた。先にも書いたが新装サマリテーヌはセーヌ川を背に立って眺めると三角形広場の左側、広場回りはLVMHグループの建物が広場を囲む様に連なっている。

 左にサマリテーヌ・デパート、右は改装中だがルイ・ヴィトン店を有する建物、中央の別館はまるで豪華客船を思わせる様な形の建物で、その中にはコスメのセフォラなどが入店している。その建物の中に新たにオープンしたのがCOVAである。

 シックな装いの洒落た店内には午後の明るい日射しが注いでいた。時間は3時半、店のスタッフに案内されて席に着く。その前にワクチン接種証明を確認されたのは言うまでもない。今、フランスで飲食店に入るにはこの検査は不可欠である。

 店内中央にショーケースがあり、その中に各種ケーキが品よく並べられている。ケースの内側には黒いユニフォーム来た若い女性が居て、客の注文が入るとケーキを取り分け皿に乗せギャルソンに手渡す。レジ担当を兼ねる女性は3人いて交合に出入りしていて、ケース内のケーキが少なくなると、奥の厨房から持参して補充をする。

 ショーケースを中心に、窓際に客席が並ぶ。お昼過ぎと言う事もあるのか4組の客がティー・タイムを楽しんでいた。その間に空席が何席か。私が案内された席は二人掛けの席だった。案内してくれたギャルソンはスリランカ系と思われる若い男性、もう一人も同じ国の出身の様だ。その他フランス人男性が二人、計4人のギャルソンがサービスを担当していた。

 女性客が多いがどれも品よく豊かな階層の人に見える。長閑な空間の中でゆったりと寛ぐ姿が様になっている。流石にイタリアを代表するパティスリー、特別空間の雰囲気満載と言った感じだ。ギャルソンの対応ぶりも見事、客の注文にも淀みなく説明してくれる。

 12月、この店を訪れた時は空席が無く見物に止めた。ショーケースの中に東京で人気と聞く、ローマの伝統菓子マリトッツオが並んでいる。イタリアには何回も行った事があるが、このお菓子を食べた事は無い。そんなお菓子が東京で良く売れると聞く。日本の情報伝達の速さ、流行に反応するエネルギーに改めて感心した。

 若いアジア系の女性がひとり座り、そのテーブルにマリトッツオが乗った皿が置かれている。日本の方かなと思ったが、コロナ禍最中の今、観光客ではなさそうにも思える。と言う事はパリもしくはフランス在住の方か。もし日本人なら、居るんですねこんな方が。情報先取りの方か、お菓子好きで食べ歩きをされている方か解らないが。改めてこのケーキに興味がわいた。

 

 そのマリトッツオを食べてみようと今回COVAを訪れた次第である。ところがいざ入店してみると肝心の品が無い。前回見た位置に並べてあるのは冠型の焼き菓子の数々である。恐らくとは思いながらギャルソンに聞くと「これはCOVAのギャレット・デ・ロワです」の答。さらに今日はマリトッツオはありませんと。

 と言う事で大小ある中から一番小さいガレット・デ・ロワとコーヒーを注文した。私が頂いたCOVAのガレット・デ・ロワはフランスで作られる物と形が全く異なる。フランスのそれは先に紹介した様に円型平坦な焼き菓子である。一方COVAのそれは完全にクラウン型。ギャルソンの説明で納得したが、形的にはフランスのガレット・デ・ロワとは別物である。冠の縁飾りの中にブリオッシュ風の焼き菓子がありその上に鮮やかなブルーのドラージェが1個飾ってある。

 縁飾りは紙製にも見えるのでギャルソンに聞くと砂糖で作ってあるとの事「食べられますよ」という。フォークで割って中を見るとアーモンド風味の餡が詰まっていた。その中にも同じ色のドラージェが入っている。

 元々ガレット・デ・ロワの中に入れるフェーブはそら豆であったとの事。ドラージェはそら豆と同じ形、COVAのそれは伝統を固守しているのかも知れない。余談だが家に持ち帰り水で洗ったら、ブルーの色が溶けて白になった。

 さて肝心のお値段だが、ガレットは14ユーロ、カフェ・エスプレッソが5ユーロ。流石に有名店の値段である。

 

 ガレットとコーヒーを頂いた後、レジ担当のルシルさんに店内写真の撮影許可をお願いする。ショーケースのケーキ類やビスケット、ショコラなどを撮り、店内奥を覗くと厨房があった。店で売るケーキなどはこの厨房で作られているそうだ。

 写真を撮っていると家族連れと言った感じの客が5人、ギャルソンの案内で2階へと階段を登って行く。如何やら遅いランチ・タイムの様子である。機会があったら一度ランチもと思ったが、こちらは懐具合と照らし合わせと言う事になりそうだ。

 

 COVA を出た後サマリテーヌを覗く。店内飾りはクリスマス時とほとんど変わってない。ショーウンドーは窓を覆って中が見えなくしている。恐らく春の展示の準備中とであろう。三角広場に白いテントがポツンとひとつ、コロナPCR検査場として作られていた。

 ポン・ヌフを歩いて渡る。セーヌ川の水嵩が少し増え、流れが速くなっている。河畔の並木も葉を落としたまま寒風に揺れている。春の到来にはまだ少し時間がかかりそうだ。

 

 現在フランスのコロナ新規感染者は一日23万人を超えている。元旦のニュースでは25万人と言う数字、少しは減っている様にも見えるが、正直言うと多少の数字変化は余り気にならなくなっている。とは言え、高齢者であれば感染はやはり怖い。医療逼迫共に死者も増えている。

 近くの魚屋も晦日を境に店を閉めた状態が続いている。コロナ感染で無ければと心配しているところだ。友人からも家族のひとりが感染したと連絡をくれた。

 オミクロン株は感染は早いが重症化は少ないと言う数字があるようだが、果たしての疑問もある。今は只、マスクを着用して大勢の人が集まる場にはなるだけ出かけない様に務めるしか自己防衛策が無いのが心配だ。

 列車、バスなど運休や間引き運転が増えている。スタッフのコロナ感染により運行に影響が出ているようだ。医療関係者感染も増え病院などでも運営に影響が出ていると言う。最近は薬局でもPCR検査人数が増え、店内が密接状態で、薬を買いに行くのさえ控えている。何しろここで感染する人もいると聞くので。

 そんなフランスの現状、好きなカフェ通いも儘ならない。願わくば一日も早くコロナ前の状態に戻ってほしいものだ。


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