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小川征二郎

小川征二郎

フードジャーナリスト。現在パリに在住し、サロン・ド・ショコラ等のイベントや、パリの最新パティスリーを取材している。


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小川征二郎のパリ通信


Vol.112 ジョニー・アリディが残したもの

 

 穏やかな2020年の年明けだった。真冬とは思えぬ暖かさ、地球温暖化と言う言葉が実感できる。年始となると何がしかの希望と期待を持つ私、たとえ実現出来なくてもそうありたいと今年も又思った。

 昨年から続くフランス国鉄職員のストは年が明けても続いている。暦は今1月12日、ストが始まって今日で38日目を迎えた。テレビでは毎日ストでの混乱状態を報じている。パリを中心の報道が多いが、市民生活に与えるその混乱ぶりは1986年に行われた長期スト以来と言われている。

 この時のストは28日間続いた。給与と労働条件改善がストの理由だった。国鉄関連のストでは今回が最長期間となる。今日に至るも解決の見通しはついていない。それでもパリ市民は平静に見える。ストを支持する市民は60%以上の世論の声もある。政府提案の年金改革には賛同出来ないと言う事だろう。

 ストが始まって以来モントローと言う田舎町に缶詰状態である。パリへと向かう列車が不規則で行き来の予定が立てられない。通常はモントロー発着の列車があるが、ストでこの列車が運行中止になっている。

 利用できるのはブルゴーニュ方面への長距離列車のみ、パリへもこの列車を利用するが、これとて運行休止や間引き運転とアンレギュラ、予定が立たない。早朝、夕方の運行は通勤客で溢れる車内、今朝も立ったままで通勤する姿をテレビで報じている。

 もたもたと家で過ごすのも億劫になり、意を決して7日息子の車に同乗してパリへ出かけてみる。時間を調整して出かけたが、渋滞で2時間かかる。思ったより順調にパリ・イン出来た。問題はパリに入ってから、一見平穏な市民生活風だが想像以上に不便な街となっている。

 中でも一番混乱しているのは各種交通機関。メトロ、バスは殆どが運行停止や間引き運転に。通常通りに走るメトロは1番線と14番線のみ、何れも無人運転のラインである。パリで息子と別れた後は殆ど歩きで市内巡りという結果になった。

 最初に向った場所は、モーベルムチュアリテにあるブーランジェリー、メゾン・ディザベルである。昨年のガレットはこの店で買ったが大変美味しかった。そのガレット・デ・ロワと店の看板商品であるクロワッサンを買うのが今回の主な目的である。

 

 ガレット・デ・ロワに付いては、改めて説明する必要は無いだろう。新年公現祭の日に頂く伝統菓子。最近日本でも多くのパティスリーやブーランジェリーで販売されていると聞く。パリやイルド・フランスではこのお菓子のコンテストがあり、1位に選ばれたガレットは大統領官邸に献上される。フランスでは新年の菓子として欠かせない物である。

 残念ながらこの日イザベルは閉店だった。通常月曜日が休みで火曜日は営業のはずである。クリスマス・バカンスの延長か、さもなくば今回のストの影響での休日か定かでは無い。シャッターの下りた店に休日の張り紙も無かった。

 話は前後するが、イザベルのクロワッサンを食べたくなった理由は、モントローの朝市に立つあるブーランジェリーとの出会いである。

 モントローの中心地にカルヴェールと言う名の小さな広場がある。この広場に毎週土曜日の午前中朝市が建つ。食品を中心にテントやワゴンで商う市場で多くの市民が集まる。八百屋、総菜屋、肉屋、ハム、ソーセージを扱うシャルキュトリー、牡蠣専門店など市民の胃袋を満たすあらゆる商品が揃う。パリの朝市に比べると規模も小さいが、それなりに魅力的な市場、私も毎週通っている。

 それぞれに個性のある店の集まり、例えば牡蠣専門の屋台などはその代表。モントローと言えば海から程遠い距離にある平野部の田舎町である。そんな所の朝市で海鮮専門の店は想像できないが、毎週土曜日に出店して午前中で殆ど売り切ってしまう人気の屋台、毎週列が出来る。一度試しに買ってみたが鮮度も申し分なかった。

 そんな屋台群の中にある1軒が、くだんのブーランジェリーである。云い方は悪いが、フランスの片田舎、小さな市場の一見何でもない屋台で、ひとりのマダムが目立つことなく商っている。そんな店が何故か気になって立ち寄るようになる。自分でも不思議だ。

 最初に買ったのはクロワッサンだった。籐籠に入ったクロワッサンも他のパンも、見た目が良いわけではないが、何となく美味しそうに見えた。

 この店の名前をル・フルニル・ドゥ・バゾッシュと知ったのはごく最近の事である。この店、実はモントローから17㎞離れた町にあるとの事。モントローに朝市が建つたびに車で出張してくるそうだ。屋台を切り盛りするマダムの名前はジューヴさん。物静かと言うか人見知りと言うか、客との対応も実に控えめの女性である。

 朝食は毎日クロワッサン1個とコーヒーの私にクロワッサンは欠かせない。と言う事で普段は近所のブーランジェリーやスーパーで買っていた。ブランジェリーで買う時は1個か2個、スーパーでは4~6個の纏め買いをするようにしている。

 焼き立てクロワッサンの美味しさは言うまでもないが、何時も焼き立てが買える訳でもない。その対応として硬くなったクロワッサンをトースターの上に乗せ、温めて頂く。この状態でのクロワッサンの美味しさ加減が、私のクロワッサン選びの基準となる。

 この屋台で買ったクロワッサンを温めると、独特の甘い匂いがして食欲を掻き立てる。恐らく使用しているバターの香りだろう、店によってバターの種類と匂いが違う。他の店の物と比べてみたが、私的にはここの店の物が一番良い。と言う訳で最近は出来るだけこの屋台で買う事にしている。ところが、ここのクロワッサンを好きな人が多いようで11時頃行くと殆ど売り切れ状態となる。

 

 フランスパンと言えば。先ずはバゲットとクロワッサンがその代表格。中でも女性に人気があるのはクロワッサンと言われている。先日見た日本のテレビでパリのクロワッサン格付けをしていたが、日本女性にも関心が深いようだ。

 今までも色んな店のクロワッサンを頂いたが、美味しいと思った店は今は引退したジェラール・ミューロのもの。最近ではタルティーヌとイザベルの両店が旨いと思った。共通するのは独特のサクサク感、何れも見た目も味も申し分ない。都会的な洗練されたクロワッサンと言えるだろう。

 食の好みは十人十色、評価の仕方もそれぞれだと思う。機会があつたら是非両店の味をお試しを。残念ながらミュロのあの味は今は体験できない。

 

 今年のガレット・デ・ロワはジューヴさんの屋台で買った。理由は只一、ガレットを入れる紙の袋デザインが面白かったからである。

 ジョニー・アリディは今は亡きフランスの国民的フレンチ・ポップ、ロック歌手。2017年に肺がんで亡くなったが、その葬儀には大統領始め各界の有名人始め100万人近い市民が参列した。コンサート動員数もフランス歴代一位と言われている。

 ハーレーデビッドソンを愛用し、コンサート舞台にもこの単車で登場するなど、色んなパフォーマンスでファンを熱狂させるなど話題の多い歌手であった。

 そのジョニー・アリディのイラストを描いたデザインが、今回ガレット用に使われた紙袋である。デザインには愛用のギターも描かれている。

 家に持ち帰って頂いたガレットは固めの焼きに、餡はアーモンドだった。中に入ったフェーブは陶製のハーレー、紙の王冠には写真入りとジョニー・アリディ尽くしである。この日ここでガレットを買った人は殆どが彼のファンと思える。ひょっとしたら一番のファンはこのブーランジェリーのオーナーかも知れない。亡くなった後も相変わらずの人気ぶりである。肝心のガレットの味は素朴で美味しかった。

 

 ガレット・デ・ロワは云わば定番菓子、それだけに店によって色んな工夫がなされると聞く。中に入れる餡を替えたり表の刻みデザインに変化をつけるなど、特色出しに余念がない。そんな中で本体以外に活路を見いだしたこのパッケージのアイデア、そう言う意味ではこの袋を使った店の試みは大成功と言えるだろう。

 偶然出会った屋台のブーランジェリー、今では週1回通う。特別の理由は無いが、素朴なパンが美味しく見えるようになった事だ。どいう人が作っているのか未だ解らないが、何となくパンの原点に近づけている様な気がする。屋台に「職人が作るパン」と書いたビニールの張り紙があった。パンにも粉にも拘りとも。

 大量生産されるパンを否定する訳では無いが、ひとつひとつ丁寧に作り上げる手作りパンには得も言えぬ暖かさがある。この屋台に並ぶ人は何となくこんな思いでここのパンを買っているのでは。2020年を迎えた新たな年、これを機会に暫くはここの色々なパンを食べてみたいと思っている。


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