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小川征二郎

小川征二郎

フードジャーナリスト。現在パリに在住し、サロン・ド・ショコラ等のイベントや、パリの最新パティスリーを取材している。


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小川征二郎のパリ通信


Vol.110 タルティーヌtartine

 パリ左岸に長年住んでいるので、左岸に付いては幾らか解っていると思っている。特に6区は道や公園、建物、肝心のパティスリーやブーランジェリーも一度ならず訪れているのでは。勿論まだ知らない、訪れた事の無い場所、店などが数多くあることは承知しているつもりだ。

 気が付いたら無くなった、新しく出来た店も多いことだろう。それでも何故か左岸なら気軽に確認に出かけられる。人間にも動物や魚に似たような無意識の領域があることの証だろうか。左岸にいるだけで何となく心が落ち着く。

 ところが右岸となるとそうは行かないから不思議だ。セーヌ川に架かる橋を渡れば右岸、橋の距離は長くても凡そ300mと少し、日常利用する橋は200m位である。何らかの理由で二日に1回位は右岸にも出かける。それでも右岸に対する距離を感じる自分がいる。何時の間にかパリっ子が言う、左岸派になってしまったようだ。

 右岸と言えば、ここ数年、1年に1度又は2度、必ず歩く通りがある。通りの名前をフォーブール・ポワソニエールと言う。9区と10区の境界を南から北へと走る古い通り、メトロ、ボン・ヌーベルとポワソニエールを結ぶように道が続く。

 ポワソニエールとはフランス語で魚屋の意味。その昔、海で穫れた魚をこの通りを通ってパリの市場に運んだことから、この名前が付いたようだ。決してこの通りに魚屋が多い訳ではない。むしろ何度か歩いたが、魚屋を見た事は一度も無い。

 私の古い記憶では、この通りは毛皮関連のブティックが多く建ち並ぶ通りだった。その当時は豪華な雰囲気を持つ店が沢山あった様に記憶している。今でも何軒かの毛皮商品を扱う店があり、通りに昔の面影を残しているがほんの僅かの店となった。

 パリの通りの新陳代謝が激しいことは以前にも書いたが、この通りも時代と共に変化し続けている。何時の間にか古い店が淘汰され、新しい業種の店が台頭している。飲食関連の店が次々と登場、今は食の通りになってしまった感がある。

 カフェ、プチ・レストラン、ファスト・フードなどなど、軽く食べて済ませる、又はテイクアウト専門店と言った、あらゆる国の軽食屋が軒を連ねている。これだけの軽食店があると言う事は利用する客が多い所ともいえる。実際通りから一歩横道や扉の奥、中庭に入ると表からは想像できない立派な会社、主に各種中小企業が数多く存在する。こう言うところで働く人達がお客になって、これらの店が成り立っているようだ。

 昨年10月この通りを歩いた時は無かった、お洒落なブーランジェリーが出来ていたので中に入って見た。通りに面したガラス張りの窓から店内が見える。中もすっきりとお洒落な店構え、新しくオープンしました、と言うオーナーの主張が通りまで伝わる店である。

 

 店の名前をタルティーヌ(Tartine)と言う。正式にはTartine par Graines de créateursと言うようだが、名刺にはTartineと明記してある。オーナーはエリック・ドゥラガルドとピエール・アンドレ・セギュラーさんのお二人。私は知らなかったが、若手ながらパン業界では知られる人らしい。グランヌ・ドゥ・クレアトゥールという名のブーランジェリー、パティスリーを創業。昔ながらの粉に拘り、各種有機粉を使う事で体に良く、食べておいしいパンを作る事で忽ち人気店となる。

 店はメトロ、13番線リエージュ駅の近くに在るらしいが、私は未だ訪れた事が無い。ぜひ一度訪れて見たいと思っている興味ある店だ。

 使用する素材はビオ商品に拘った物を使用。古代小麦、ライ麦、蕎麦、ホラーサーンなど、出来るだけグルテン含有の少ない物に拘っているそうだ。バターや卵、野菜、牛乳などもビオの商品に拘る作り手を探し、納得した物を使用する。殆どの仕入れ先が小規模な生産業者であるそうだ。

 その2号店が今回紹介するタルティーヌである。店の説明にブランジェリー、パティスリーとあるが、それに加えて軽く食事の出来ると言った感じの店である。

 扉を一歩中に入ると、ウッディ感覚の明るく洒落た店舗が広がる。正面に長いショーケース、その中にこの店で扱う商品色々が納まっている。左からキッシュ、各種サンドイッチ、サラダ、惣菜、調理前の果物、ケーキ、クッキー、焼き菓子など、両端にはスープ用の鉄鍋。ケースの中央部分にレジが置かれ、スタッフ用の通路の後ろには各種パンが並ぶ陳列棚がある。その奥に厨房があり、スタッフの女性が調理中であった。

 店の責任者と思えるマダムに撮影の許可をお願いすると「今の時間帯ならOKですよ」の返事。幸いこの段階ではお客が少ないので、自由に撮らせてもらう事にする。

 店の両サイドに食事が出来る席があり、左側のテーブル席の長椅子に二人の女性客が座り食事中。右側には壁に沿って、木製のテーブルとステンレス製の洒落た椅子が並ぶ。壁にビデオスクリーン、LP盤の映像が映り、店内にジャズのスタンダードが流れていた。窓際にもガラス窓に面して長い木製テーブルの席がある。

 ケースの中に納まった商品は如何にも美味しそうだ。お昼は済ませていたが、卵サンドを頼んでテーブル席で頂く。大ぶりのサンド、ライ麦パンもしっとりと、ボイル・エッグを挟んだ野菜も申し分ない。飲物はビオのエッスプレッソをお願いする。

 ケーキも美味しそうだったが、お腹がいっぱいで小皿に入ったサンプル商品を摘まんで味見に留めた。こちらも良い味だ。

 店名のタルティーヌ。タルティーヌとはフランス語でパンをスライスして、その上にバターやジャム、又はハムなどを乗せた物。上に乗せるものは何でも良い。いわゆるオープンサンドみたいな物をいう事は皆さんご存知の事。カフェなど、どの店に行っても頂ける軽食である。上に乗せる物に拘る店があり、その選択の良さで店の評判を取る所もある。

 ここでは、個性的なパンを作り、その上に拘りのハムやボイル・エッグ、チーズ、野菜などを使用している。それらを総称してタルティーヌと呼んでいるようだ。ここは基本的にパンの美味しさがその生命線とも云えるが、それに添える物が見事に味に答えている。

 パリのブーランジェリーはメインがパン、又はケーキなどが店の商品の中心で、サンドイッチ、クロークムッシュやサラダなどの比率は、比較的低い所が多かった。最近は少し変わってきているが。

 ドゥラガルドとセギューラの両経営者は、新しい店を作るにあたり、従来のブーランジェリーから脱却した店のコンセプトを考えたと言う。食べる場を提供しながら、安全で美味しい物を作ると言う発想で出発した。

 先ず使用する材料を、健康に良い物の選択から始めて消費者に提供する。その思いが消費者に伝わる店作りである。ビオの素材に拘り、グルテンフリーの粉を使用する、などなど思考の末のパン作り、商品作りである。

 パン以外にもブリオッシュ、パウンドケーキ、クッキー、ブラウニー、マドレーヌなどのラインに週替えタルト、月替えのケーキと個性的な商品が並ぶ。

 

 最近、パリのブーランジェリーでテラス席を設置する所が増えてはいるが、店内で寛ぎながら食べる場を持つ所はまだ少数派。これからは増えていくと思うが、店の改装費などを考慮すると色々問題があるようだ。

 訪れる客を見ていると、店に表示された商品説明文をよく見て、スタッフにたずねた後、商品を買う人が多い。

 食事席は凡そ30数席、外にテラス席もある。見ているとテイクアウトする人が多い。お昼時や夕方は更にそんな人が増えるそうだ。それでも時間帯によっては席を待つ人が多いという。

 ひとりの女性客が店を訪れた。最初フランス語でスタッフと会話、雑誌のELLEを見て来てみたと言う。彼女はスペイン人でたまたまパリを訪れているようだ。スタッフの方もスペイン語が話せるようで、ここから会話がスペイン語となった。と言う事で話の内容は解らなくなったが、如何にも楽しそうな会話が続く。

 先の話ではこの店の事をエルが激賞していたので訪ねて来たらしい。スタッフの話では某ラジオ局の有名パーソナリティーも番組で取り上げてくれたとの事。フランスでもメディアの影響力は強く、記事を見た、ラジオを聞いたと言う客も多いという。

 レジが忙しくなったので辞去する事にした。帰りにクロワッサン3個とパン・オ・ショコラを2個買う。何れも他の店に比べ形が大きい。値段は確かクロワッサンが1、10ユーロ、ビオ商品と思えば、さほど高くはない。

 家に持ち帰り翌朝頂いてみた。どの店の物でもそうだが、ひと晩置いたクロワッサンは微妙に味が異なってくる。と言う事で私は少し焼いて頂く事にしている。粉、バターの影響だろう、想像以上に美味しかった。次は焼き立ての物を頂いてみたいと思っている。

 

 パリにはタルティーヌと名の付くカフェやブラッスリーが何軒かある。古くから知られるのはマレーにある店、カフェ、ビストロの「ラ・タルティーヌ」。この店はパリで最初にタルティーヌを売りにした店と言われている。最近のホームページによると、レストランと表記されていた。

 正式なフランス料理も頂けるが、午前中や昼下がりにタルティーヌ目的で来る客が多い。メトロ、サン・ポールから近いので、パリを訪れる折があったらこの店同様、1度お訪ねをお勧めする。

 

Tartine

住所

58 rue du Faubourg Poissonnier 75010 PARIS


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