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小川征二郎

小川征二郎

フードジャーナリスト。現在パリに在住し、サロン・ド・ショコラ等のイベントや、パリの最新パティスリーを取材している。


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小川征二郎のパリ通信


Vol.109 ナポレオン砲弾

 久しぶりに息子の車に同乗してフォンテンブローの森を通り抜けた。モントロー、フォンテンブロー、バルビゾンと続く町や村外れを走るオートルートである。その間凡そ90kmの速度で90分前後、ひたすら森の中を走り続ける。
 前回この道を走った時は緑一色に包まれていた。その同じ景色に色鮮やかな黄色や茶色の美しい色が加わっている。ブナや白樺の木々の間から柔らかい日射しが伸びて別世界の景観を作り出していた。
 10月に入り日射しに冷気が加わって来た。風にそよぐ木の葉がキラキラと輝き秋の景色に彩を加えている。道脇に停車しているのは茸狩りを楽しむ人達の車、これからセップ茸の季節。パリに住む人が待ちに待ったフォンテンブローの森での茸狩りが始まる。
 今は出始めで市場での値段も高いセップ、先日も見るだけにして盛りを待つことにした。形は松茸そっくりだが、味は少し違う。炭火で焼いて食べる事もあるが、ニンニクを刻みオリーブ油で一緒に炒めるのが一番おいしい調理法だ。森に近いモントローだから収穫盛りになったら当然安くなると思う。今から楽しみにしているところである。

 

 この稿でも時々モントローの事を紹介がてら書かせてもらっている。人口2万数千の小さい町だが、時々意外な出来事や思いもしない素敵な店、人との出会いがある。籍はパリに残したままの状態で居続けているが、気が付いたら、この町での暮らしも半年近くが過ぎようとしている。
 「トレファクション・ダヴィッド」は自家焙煎で美味しいコーヒーを飲ませてくれる店である。豆の選定、焙煎時間、仕上げのタイミングがとにかく上手い。仕上がった豆の色、香りがじつに良く、結果、本当に美味しいコーヒーを飲ませてくれる店となる。
 5月の或る日、家に籠るのも良くないな、と思いブラリと表に出かけた。先ず町の中心となるホテル・ド・ヴィル(町役場)まで歩いてみる事に、家から意外と近いのに驚いた。前庭に美しい植え込みのある庁舎の玄関上にフランス国旗が翻っている。
 暫く庁舎を眺めメイン・ストリートを散策して家路へと引き返す。帰りは横道に入り細道を歩くと、通りに香ばしい香りが風に乗って流れてきた。その香りに誘われて、店の扉を押したのがこの店との出会いである。
 それからおよそ半年、気が向けばここに出かけてコーヒーを飲んでいる。パリにも何軒か自家焙煎珈琲の店がある。それぞれに味のあるコーヒーを作ってコーヒー好きのパリっ子に人気があるが、それらの店に遜色ないのが、このトレファクション・ダヴィッドだ。
 場所はホテルド・ド・ヴィルから歩いて5分位の距離にある広場の一角、コロネル・ファビアンと言う名の広場である。コロネルはフランス語で大佐の意味がある。私が知る範囲でファビアンヌ大佐と言えば第二次大戦中、ナチスに対抗したレジスタンス・リーダーのひとり。この広場と関りがあった同じ人かは今のところ解らない。
 広場に面した入り口を中に入ると、右側に底の浅い大釜があり、その中でパプアニューギニア産のコーヒー豆を煎りたて中だった。何ともいい香りが店内に広がって行く。釜の前にカウンターがあり、焙煎した袋詰めや箱詰めのコーヒを買う人が次々と店を訪れる。自分でコーヒーを楽しむ人、職場や店でスタッフ同士飲むために、カフェを営みお客様用に、と訪れる客も様々だそうだ。
 入り口左側に棚やショーケースがあり、ここにキャラメル、焼き菓子などのスイーツ類と飲料品が並ぶ。その何れもが選び抜かれた商品で、モントローではこの店でしか買えないもの。生産業者と特約を結び商品確保をしているそうだ。
 カウンターでは当然立ち飲みも出来る。商品コーナーとカウンターの間を店の奥へと進むと、そこはサロン・ド・テになっている。広い店内にモダンなテーブルと椅子が並び、そこでゆったりと寛ぎながら、この店のもうひとつの拘り、紅茶を楽しむ事が出来る。
 店の奥に紅茶棚があり大缶に入った特選紅茶がずらりと並ぶ。その種類の多さにビックリした。これだけ揃うと販売も大変な事だろう。
 DAMMAIN FRERES(ダマン兄弟)と言えばパリの紅茶老舗店、ヴォジュ広場回廊にある超の付く有名店。世界中の有名都市に店舗やコーナーを持つ事で、紅茶好きの方に評判の店だ。
 その有名店の商品が、こんな小さな町の店で売られているのに先ず驚いた。お洒落なサロン・ド・テとは思っていたが、この商品群を見て納得した。ダマンとは特約を結んでいるそうだ。何人かのマダムがティー・タイムを楽しんでいる。何回か来てコーヒーを飲んでいるが、私は未だここで紅茶を頂いた事はない。

 

 オーナーのダヴィッドさんはこの店の3代目だそうだ。子供の時からコーヒーの中で育った。それだけに、豆の選別や焙煎にはとことん拘るという。コーヒーの種類は産地別に常時10種以上が備えてある。ブラジル、コスタリカ、ケニア、マダガスカル、コロンビア、などの有名所は勿論、オーストラリア産などもある。更に味を厳選してブレンドされた豆もある。
 コーヒー好きな方ならご存じと思うがオーストラリアはコーヒーの新興国。本格的にコーヒー栽培が始まったのは第二次世界大戦後だと言われている。とは言え美味しいコーヒー豆が採れる事で、コーヒー業者注目の地でもあるらしい。
 ダヴィッドではオーストラリア、スカイベリー農園で穫れるコーヒー豆を使っている。風味良くシャ-プ、今はマイナーな農園のようだが、ここのコーヒーはまだまだ伸びると言う。この店のメイン・ラインの中に入っているほど、実際軽くサッパリした風味で美味しかった。
 先にスイーツ関連の商品も扱う店と書いたが、この店オリジナル商品のLes Bouletes Napoleon(レ・ブゥレ・ナポレオン)はモントロー銘菓に認定されているショコラだ。ナポレオン部隊の砲弾に因んだ丸チョコ、パッケージにナポレオンの若き肖像画を使ってご当地感を出している。この町はナポレオン無しには成り立たないのではと思うほど。ナポレオンはこの町のシンボルなのだ。
 近隣の町からもコーヒーを仕入れに来る人が多いそうだ。普通、街のカフェやレストランなどは大手のコーヒー卸店から仕入れる所が多い。大量生産でコストも安い方を選ぶ、当然と言えば当然の事だ。
 そんな状態でも、コーヒーに拘る店のオーナーはここに買いに来ると言う。それだけの価値があると言う事だろう。勿論、近隣への配達、配送をしている事は言うまでもない。
 拘りの商品を作り、細やかなサービスを徹底する。ダヴィッドさんのビジネス・ポリシーだそうだ。全ての商い品を備え、怒涛の如く進出する大型店に対抗して、地方で生き残る秘訣は大型店で出来ない事をする。それしか無いと言えないか。
 かって、モントローにも代々続く店が何軒かあったそうだ。時代の波に攫われたと言うか、今はそんな老舗店を見つけるのが難しい。街を歩くとその面影を残す店構えや看板をよく見かける。そんな中で3代続き、今も盛況なダヴィドは貴重な存在だといえる。


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