2025年09月19日
Vol.177 家賃1ユーロのレストラン
私の住むモントローはパリ郊外南東部に位置する。人口3万人足らずで、セーヌ川沿いにある。パリからはSNCF(国鉄)列車を利用しておよそ1時間の距離だ。この事は以前のレポートで書いた。
ワインで有名なブルゴーニュ県との県境にあり、その昔はブルゴーニュ文化に近いとされた。パリからは南下しながら、フォンテーヌブローの森を通過する延長線上に位置し、有名なフォンテーヌブロー城がある街までは列車で15分だ。広大な平地の中に作られた古い街である。
ノートルダム教会を中心とする旧市街と、移民対策に作られた新興住宅地に二分された特異な文化を共有するコミューンである。旧市街と新興住宅地とはセーヌ川を挟んで分離し、それぞれの文化を育む。モントローを市と書いたが、フランス流に表現すると書類上ではコミューンと表記してある。
日本の様に人口数による市町村の名称とは異なるので分かりづらいと思うが、住民は町では無く市との意識が強い。という事で私も市という表現を多く使用している。現在の市長ジェームス・シェロン氏は若手ながらなかなかのやり手との評判である。
フランスの上は大統領から下は小さな村の村長さんに足るまでその役割役職を終えると、業績を称え記念の建造物や通り名を残す慣例がある。例えばポンピドゥー大統領はポンピドゥーセンター、ジスカールデスタン大統領はオルセー美術館、シラク大統領はケ・ブランリー美術館、ミッテラン大統領はルーブル美術館のピラミッドといったように、有名建造物に名を残した。これらの遺産は世界に知られる。
ここモントローでも規模は小さいが地元政治家の名を冠した記念広場や、建造物がある。そのひとつ、元市長を記念したPlace Claude Eymard Duvernayは市庁舎の正面に作られた。この広場には彫刻などが飾ってあるが、広場の一辺に市が運営する郷土産物を展示販売する建物がある。広場にはテント付きのテーブルを設え、注文すると物産店販売の地ビールや地産のジュースなどが飲める。
その建物に並び、奥にあるのがフレンチ・レストランLa Table de Montereauで、今年夏にオープンした。モントローの中心は旧市街にも関わらずフレンチ・レストランが少ない。住民にヨーロッパ系が少ない訳でもないが、今まで2軒位しかなかった。昨年駅近くにフレンチ店がオープンした。少し遠いのでまだ行ったことはない。
郊外に行けばファストフードのマクドナルドやケンタッキー、ステーキが売りのグリルなど数多くの店があるが、ここでもフレンチ専門のレストランはあまり見かけない。
近所に新しいフレンチ・レストランの誕生は実に嬉しい出来事だ。理由のひとつは日本やパリから友人、知人が訪れてくれた時にご一緒できる店が欲しかった事である。またはたまにだが家族で出かける店が増えたという事につきる。モントローの旧市街にはアラブ、中東、インド、アフリカなどのレストランは数多くあるが、わざわざ来ていただいた方とご一緒するには今ひとつの感があった。
わが家の近くにイタリアン・レストランがあるが、まだ行ったことはない。客のほとんどはヨーロッパ系でそれなりに賑わう店である。落ち着いた佇まいで料理も美味しそうだ。時々見かけるオーナーシェフ夫妻も感じが良さそうで、イタリアン好きの方ならここで良いかなと思っているので、一度行ってみようと楽しみにしている。
モントローの旧市街にはピザ屋が何軒かあり、それぞれに賑わっている。モントローに移り住んで驚いたのはピザ店に行きピザを1枚注文すると同じ料金で2枚焼いてくれる。1枚はサービスという事であるらしい。これで良く成り立つなと思うが、いずれの店も同様のシステムをとっている。
そうそう、ピザと言えばイタリアの有名ピザ・コンクールで2位になった店で人気のピザ・ジョージョがある。ここは固定販売店では無く、ワゴン(キッチン付き)・カーによる販売だが、いつも同じ場所で営業しているので、言ってみれば固定販売店と同じである。客がせっせと通う店だ。わが家も時々利用しているが、まず電話で予約して、焼き上がり時に受け取りに行っている。味は申し分ない本格的なピザである。惜しむらくはピザの種類がさほど多くない事、もう少しバリエーションを増やして欲しいと思っている。
肝心の新しいフレンチ店、今回取り上げた理由はひと月1ユーロという破格の家賃にある。実はこの店の持ち主は市役所との事である。昨年まではデンマーク料理のレストランであった。当時も同じ家賃であったかは定かでないが、確か2年ほど営業していたと思う。
店を畳んだ時、やっぱりと思ったものだ。モントローとデンマーク料理の店がどう見てもうまく繋がらない、と思い続けていた。一度も行ったことはなかったが、店の前を通る度にそんな思いが、客の少なさも気になっていた。
今年の春、市の広報誌に「家賃ひと月1ユーロで店舗貸します(1ユーロは開店月から1年間だけ)、興味ある方は連絡を」の報を見てほんの少しだが関心が湧く。店は物産店と同じ建物である。間違いなく元デンマーク・レストランの在った所だ。
モントローに本格派の寿司店か日本レストラン、または居酒屋、焼き鳥店ができたら良いなと想い続けていた。要は自分が行きたい食事処があればという事である。ならば自分で店をとの想いが浮かぶが、それには資金もスタッフも必要だ。とは言え手元にはいずれもない。あれこれ思い重ねるうちにいつしか思いも薄れていく。
8月も終わりに近い某日、件のレストラン、ラ・ターブル・ド・モントローに家族で出かけランチを取る。今年も残り1週間で夏のバカンスが終わる。店にはひと夏のバカンスを終え、肌をブロンズ色に焼いた何組かのカップル客がいた。
モダンなインテリアと広場に面した広い窓、明るく洒落た空間におよそ18(二人掛け)のテーブルがある。店内入口正面には長いカウンターもある。以前ちらっと見た時はカウンターにも席があった。その右奥がキッチンだ。ヨーロッパとアジア系の混血と見える若いシェフが時々表に顔を出す。
12時半、店の女性スタッフに案内されて店内の席に着く。表のボードにアントレ、メイン、で18ユーロと書いてあったが、いただいたメニューをざっと見て、アラカルトの鶏の炭火焼き、ソース・シャンピニヨン。フィレ・ステーキ、ブルーチーズソース。ガルニチュールはふた品ともに皮付きポテトのソテー。チーズ載せ平麺パスタを注文。昼間という事でワインをやめて飲み物は水に。
運ばれてきた料理はそれぞれに納得の行く出来栄えである。ステーキは量も多く肉質も良い。特にソースが良い。初めての店だが次の期待が持てた。スタッフの話によると煮込み料理がお勧めとの事であった。3品プラスコーヒーで合計およそ60ユーロと値段も手頃だ。
レストラン前の広場にはパラソルを付けた10のテーブルと、テラス席がある。この日は気温も下がり吹き抜ける風も爽やかで、陽射しも柔かい。そのせいか日傘は畳んであった。フランス人の特性で、外での食事を好む人が多く、のんびりとランチを楽しむ年金生活者と思える何組かのカップルが目に付く。その他アラブ系の女性グループが一組いた。
店のお勧めはカクテルとボードに書かれてある。さらに珍しいジュース類も多く揃えているそうだ。アイスの種類も多く、人気との事である。そう言えば、隣のテーブル席にいた中年カップルが注文した飲み物は、西アフリカ・セネガルで有名な乾燥ハイビスカスの花で作るビサップだった。次回訪れたらこの飲み物を試したいと思っている。