小川征二郎のパリ通信


Vol.168 塵選別

 

 今月のレポートは、いつものスイーツ関連から少し目線を変えて、私の住むモントローのゴミ選別について報告。わが家のキッチンにある冷蔵庫の側面に、ある張り紙がある。ゴミの選別、提出曜日を記した写真入りA4サイズの紙だ。
 キッチンに続く小さな中庭には3台のゴミ箱がある。中の黄色の蓋付きはプラスチックや紙箱、段ボールなどのゴミ入れ、そこに火曜日夜まで保管する。一方料理済の生ゴミなど燃えるゴミは小さなプラスチック袋に入れ生ゴミ専用赤茶色蓋の箱に捨てる。箱の下に車輪がついていて、黄色蓋のゴミ箱は毎週火曜日夜に家の入口近くの歩道に出す。
 ゴミを入れるプラスチックの袋はスーパーなどで買う。容量、袋の長さも大小様々だ。袋には結びひもが付いている。
 水曜日の早朝大体5時頃、清掃車が来て黄色い蓋つき箱のゴミを収集してくれる。この黄色ゴミ箱に生ゴミを入れると箱をそのまま据え置きされることがある。という事で選別には結構気を遣う。
 一方生ゴミなど燃えるゴミの収集日は月、水、金曜日。家に備え付きのゴミ箱にプラスチック袋に入れ紐で結び放棄。この袋に入れる前に小さなプラスチック袋に入れてまとめておく。スーパーなどで買い物の際に使う再生可能なプラスチック袋である。
 わが家の前の歩道は近隣児童の通学路でもあり、児童を送迎する父兄が同行、中には乳母車を押す人もいて、ゴミ箱を放置すると通行の邪魔になる。
 という事で朝の8時頃にはほとんどの家が路上から中庭またはゴミ箱置き場に収めている。歩道の広い場所にはゴミ箱をそのまま放置する家もある。中には据え置かれたゴミ箱の蓋に放置しないよう張り紙が張られる事もある。
 ゴミ箱処理の外にも組織のスタッフが週に何日か市内各所に設けられたゴミ捨て器の管理、道路や広場のポイ捨て煙草やゴミ処理を行って、市内の美化に貢献、結果モントローは美しい街との評価もある。

 モントローのゴミ処理運営はSIRMOTOMというユニオン組織が運営している。モントローを中心に近隣自治体をも含み、その規模は大きい。この組織のトップはMr Yves Jego、元モントロー市長である。現市長Mr Jams CHERONとは犬猿の仲と言われている。その理由は元市長の部下であったジェームスさんがイヴさんの対抗として市長選に参戦。当選した経緯があるそうだ。先の市長選でも二人が争った。結果は現市長ジェームスさんが勝利した。今でもそのしこりが残っている。
 という事でSIRMOTOMはYvesさんの牙城、何としてもゴミ処理をうまく運営して次の選挙に備えているという人もいる。市民の側にとってはうまく運営されれば良い事だ、と受け入れる人が多いそうだ。
 早朝専用車で集められたゴミは、郊外近くにある焼却設備を備えた工場に運ばれ処理される。ここでは大型ゴミ処理も行われる。大型ゴミは個人で持ち込まれる場合もあるし、決められた日に処理申請をして運んでもらうこともできる。わが家では車で運んで処理をお願いすることが多い。

 フランスの一般的な家屋建物は道路沿いに連なっていて、日本でいうアパート形式になっている所が多い。ひとつの建物に何所帯かが住んでいる。という事で個々のアパートの広さはそれぞれである。アパートにより出すゴミの分量も様々。一般的には建物一棟に管理人(コンシェルジュ)が居てゴミの処理、建物内外の掃除、郵便物の処理などをしている。
 幸いわが家は建物一棟(その分小さい)をわが家だけが住んでいるのでゴミの排出量も少ない。もちろんコンシェルジュも居ない。一般家庭のゴミ処理は上記したような形で行はれている。では家庭ゴミ以外はどの様に処理されるか、市内を歩いてみた。

 わが家の近くに市民広場がある。近隣住民憩いの場であり、時には市民のイベントにも使用される。先月にはリンゴまつりが開催され多くの市民が集まった。広場には何カ所かのゴミ箱が設置されている。集まった人たちがいらなくなった紙屑、ビーニール袋やタバコの吸い殻を捨てる容器だ。正確には箱というより木製の筒みたいなもので、その筒の中にビニール袋があり、ゴミが溜まると清掃人が袋を収集する。
 この広場の近くに特設ゴミ処理場があり、5基の処理箱が備えてある。燃えるゴミ、生ゴミ、空き瓶などガラス専門の箱が並ぶ。赤、黄、緑の蓋、色違いで識別が簡単、箱にはそれぞれに投棄可能な絵柄が描かれてある。
 広場周りにはレストラン、カフェなどの店が多いので、日々大量のゴミが出る。そのゴミは通常一般家庭の物と同じように早朝処理をされるが、それ以外に日々出るゴミは店のスタッフがプラスチック袋に入れ、この場に持参投棄している。
 その他にも犬の糞を処理する専用のゴミ箱を設置する場所もある。この箱を設置したことで、路上の糞が少なくなった。見た目も衛生面でも大成功と言われている。


 久しぶりにパリに行く。日本大使館への用があっての出かけであった。当日モントローの朝は小雨模様、たいした降りにはならないだろうと思いながらも傘は用意した。昼時のパリはどんよりの曇り空、時々雨が降る。
 大使館午後の開館は14時30分である。用を済ませ大使館を出た頃から雨の勢いが少し激しくなる。メトロを利用してピラミッド駅を出ると大雨となっている。オペラ通りの各商店天幕の下には雨宿りをする人が並んでいた。
 行きつけのカフェに飛び込み窓際の席を確保する。ここでもテラス席は雨宿りをする人がまるで電線に並ぶ燕のように横一列に並んでいる。いつものようにエスプレソを飲みながら雨の止みを待つが、まるでスコールの様な雨は止みそうもない。
 ぼんやり外を眺めていると目の前に清掃車が止まった。車の後ろに二人の清掃員が乗っている。止まった車から飛び降りると道端に並ぶゴミ箱を手早く運んで、車の後ろに乗せる。まるで手品のようにゴミ箱は自動的に持ち上げられクルっと回転、中のゴミが車内に捨てられる。処理の終わったゴミ箱を元の位置には運ぶのも二人のスタッフの仕事である。
 ずぶ濡れで作業を続けるふたり。作業用のユニフォームを着ているが用をなさないような激しい雨。注意して見るとスタッフの一人は、まだ若いヨーロッパ系の女性だった。その事にまず驚かされる。

 70、80年代、パリの清掃員はほとんどアフリカ系の人たちだった。90年代、東ヨーロッパ系の出稼ぎ組が増えて来る。アフリカ系の人たち専用であったこの職場に東ヨーロッパ系の人たちが混じるようになる。そして今大勢のヨーロッパ系フランス人が当たり前のように、この職場に従事している。モントローでも同じような状態、時代はいつも変わっていく。

 


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