2024年09月30日
Vol.166 バカンス真っ最中
パリや大都市はオリンピック熱に浮かれ、地方は静かな夏のバカンス。今のフランスはこんな状態である。私が住むモントローも同じような状態、真に静かだ。ただ、例外もある。夏のバカンス入りと同時に始まる各種公共事業の工事開始、例えば道路の舗装、電気、水道工事などがそれだ。
場所によっては朝の8時から工事が始まる。工事には騒音がつきもので、これが結構うるさい。せっかくのバカンス、ゆっくり朝寝をしてと思っても、そうはさせてくれない。これだけが理由ではないが、多くの人はバカンス地へと出かける。
近所のブーランジェリーも7月30日からバカンスに入った。扉に張った紙に「8月一杯休みます」とある。ここはチュニジア系のパトロンが経営する店、今年も故郷チュニジアで夏休みを過ごすのであろう。毎年の例だ。
わが家ではこの店でクロワッサンを買う。理由はひとつ、パン作りに、特にクロワッサンに使うバターが私の好みによく合うからだ。毎朝作られるクロワッサンだが、わが家では2、3個まとめ買いをする。
その中の1個を朝食に、オーブン・トーストの上に乗せ、温めていただく。この温めた時のクロワッサン風味、特に香が私の好みに合うのだ。という事でこの夏もしばらくは他の店のクロワッサンとお付き合いを余儀なくされる。
東京でサラリーマン経験のある身には、30日近い休みが取れるは実に羨ましいと思ったものだ。昨年もそうだったが、バカンス中は仕事から完全に離れて、ひたすら休みを楽しむという。長い伝統と文化がそうさせるのであろう。日本人とはやはり異なる。
パリとその近郊で働く日本人パティシエやキュイジニエの方達と食事を一緒したことがある。日本とフランスの仕事上の違い、が話題となった。私の知らない世界である。一番の違いは夏のバカンスで店が夏休みをとること。今は慣れ、当然の事と思うようになったが、初めての年は本当に驚き、戸惑ったそうだ。
凡そひと月の休暇でも給料が保証される。さらには日仏共通である早朝出勤のパターンを熟して、あとは夕方に焼くパンの準備、夕方パンを焼いてその一日が終わる。仕事後は仲間と行きつけの店で一杯。これが一般ブーランジェリー、パティスリー若い職人通常の働き方であるらしい。
パン作りの間にスイーツ作りも熟すが、日本との違いは作るパンやケーキの種類が少ないことだそうだ。当然作る数も少ない。できるだけ余分な物は作らないというのがフランス流であるらしい。
実はこの違い、私も以前から気になっていた。フランス人経営のブーランジェリーやパティスリーではパンやパン菓子、お菓子の種類が少ない。偶に日本に帰ってデパートなどの地下売り場を、もちろんパン、ケーキ売り場はできるだけ覗いているが、その種類の多さにまず驚く。
近くのブーランジェリーのスタッフと偶に立ち話をする。若い職人の中には日本に行ってみたいという者もいる。ほとんどが北アフリカにルーツを持つ若者たちだ。日本に行ったらぜひブーランジェリーやパティスリーを見たいともいう。間違いなくその様子に驚くことと思うが、その事については語らないようにしている。理由はひとつ、自分の目で見る事が一番。そう思っているからだ。
バカンス中でもあり、たいした情報もないが、最近のパリやモントロー界隈のブーランジェリー、パティスリーのパッケージに関する資料を写真に撮ってみたので紹介したい。今から少なくとも10年前までは多くの店が買い物客に対して、ビニール袋を使っていた。
世界的な環境保護運動を契機にビニール袋廃止の傾向が広がる。その影響で改めて再生可能な紙袋やポリ袋が見直され、どの食品業界でもこれらの袋を使用するようになる。ドイツではいち早く布袋を使用する人々が現れ話題となった。
ここフランスのブーランジェリーやパティスリーでもこの流れに同調、今ではほとんどの店で紙袋やポリ袋がパッケージの主役となっている。最近、トートバッグ、布袋を作って売る店も増えてきた。
例えば、クロワッサンやパン・オ・ショコラなどヴィエノワズリー類を買うと必ず紙袋に入れてくれるし、バケットならそれ専用の紙袋を備えた店が多い。その昔、バケットを買うと薄紙でくるっと巻いて手渡してくれた。客はその紙の部分を手に持ち帰ったものである。
パティスリー用のボワット(箱)にはどの店も神経を使っている。有名店になる程この傾向は強く、デザインや紙質も高級感を感じさせる。同じ有名店でも老舗と言われる店は、高級なイメージを出しながら、店独自の伝統的なデザインを固持する傾向が強い。その代表が1863年創業、マカロンで有名なラデュレのパッケージと言われる。
私の住むモントローはパティスリーと名乗る店がない。欲しくなったらブーランジェリーでガトー(ケーキ、パティスリーと表記する店もある)を買う。販売されるガトーは伝統的なものが多く、新しいスタイルのお菓子、その店のオリジナル商品に出会う機会は少ない。
そんな中で市民が美味しさの色分けをしているのは、店の看板に書かれたpan artisanの文字。その意味は熟練した技術の持ち主が作ったパンやガトーである。
こんな文字看板のある店の商品は、何となく美味しく感じるから不思議だ。こう感じて買いに行く客が多いのもこれまた不思議である。さらにpan artisanまたはartisan boulangerと名乗る店では紙袋などに店のロゴを表記しているところが多い。
パッケージ類も店のオリジナルな物を使う。仕入れ価格は高くなるが、それなりに店の評価を高めているようだ。いわゆる、既製品と呼ばれる物を使用する店も多い。という事で市内の多くの店で同じデザインの物が使われ、時にはモントロー以外のブーランジェリーでも同じパッケージを見かける。中には白箱、白紙を使う店もある。
フランス人はartisanと呼ばれる称号を高く評価する。「職人」と呼ばれる人たちへのある種の敬意、それはフランス文化を高める要素ともなる。それはそれで良いことだと常々思っている。
凡そ17日続いたパリ・オリンピックがようやく終わった。お陰様でテレビでだがほとんどの競技を見る事ができた。いろんな意見があると思うが、私個人としては大成功であったと思っている。
テレビ演出のうまさもあり、パリという街の美しさも再確認できた。改めて歴史の重み、大人の街パリ、フランス人の美意識の強さを今思っている。テレビを見た多くの人が、パリに行ってみたいと思っているのではなかろうか。そんな意味でも今回のオリンピックは成功と言えるだろう。
オリンピックの期間中一度だけパリに出かけた。街の様子を知りたかった事とギャラリー・ラファイエット食品館の様子を見てみたかった。正直いうとcovid-19ワクチン接種を受けてから体調を崩し、その日も朝から体がだるかった。
いやだなと思いながら食品館に入り大勢の観光客に交じってお菓子コーナーを歩くが体中が強張り、脂汗がにじむ。しばらく休む場所を探すがイートイン・コーナーも満席。仕方なく外に出てバス停のベンチに座り込んだ。
一昨年、パリに出かけて熱中症に罹った事があるが、その時と同じような状態である。その日の目的も果たせないままに夕方の列車に乗り帰宅、情けない一日を終える。
わずかな時間のパリであったが、歩いたオペラ界隈はオリンピック関係者と世界中から集まったサポーター、まるで人種競技の渦に巻き込まれた感じである。行きつけのカフェも客のほとんどは観光客。だが、思ったより静かなパリの街であった。
8月24日から9月8日までの12日間はパリ・パラリンピックが開催される。おそらくパリ市内の交通機関も通常通りには機能しないだろう。落ち着いたパリに戻るのは10月からか、改めてパリに出かけるのもこの頃になりそうだ。