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小川征二郎

小川征二郎

フードジャーナリスト。現在パリに在住し、サロン・ド・ショコラ等のイベントや、パリの最新パティスリーを取材している。


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小川征二郎のパリ通信


Vol.164 6月のパリをブラ歩き

 

 カンヌ映画祭も終わり、パリに世界中の映画関係者が集まっている。サンジェルマンの有名カフェ、カフェ・ド・フロールやレ・ドゥ・マゴのテラス席はいかにもといった人たちで賑わっている。毎年6月初めに見られる光景、ある意味この季節の風物詩ともいえる。
 映画祭の後はこれまた恒例のロラン・ギャロス(全仏テニス)大会、テニス・ファンが世界中から集まる。先日、テレビ中継を見ていたら、日本の大阪なおみ選手が対戦中。相手は世界ランク1位のイガ・シフィオンテク選手。久しぶりに見る大阪選手である。結果は残念ながらイガ選手の勝利となった。

 ローラン・ギャロス大会が終わるとサイクル、ツール・ド・フランス大会が始まる。フランスの夏はバカンスとスポーツ三昧。国を挙げてこれらの行事を楽しむ羨ましい季節でもある。

 今年はこれらの行事に加えてオリンピックが開催される。7月26日が開会式、今その準備も最高潮に達している。ニュースなどで報じられているが、開会式はパリのセーヌ川に会場を設け、盛大に行われるという。開会式当日はパリのアンヌ・イダルゴ市長もセーヌ川を泳ぐとの事、今から話題となっている。

 オリンピック期間はセーヌ河畔一定の距離、通行に特別通行証が必要であるそうだ。テロ予防対策の一環だろうが何かと面倒でもある。実は先日、オリンピック・サッカー会場でテロを実行しようとしたイスラム系のグループが逮捕されるという事件もあった。

 6月6日、第二次世界大戦ノルマンディー上陸80周年を記念する盛大なセレモニーがノルマンディーで行われた。上陸作戦に参加した各国首脳が参加。これまでもこの記念日にいろいろと行事が行われたが、今年のセレモニーが最大であったと思われる。

 上陸作戦現場には私も一度訪れたことがある。荒涼とした海岸に今も残るトーチカなど戦跡遺物を見て、激戦の日に思いを馳せた。海岸横にあるアメリカ墓地に整然と並ぶ白い十字架の多さに改めて驚き、アメリカの戦後処理に感銘を受けたものである。
 

 先日、久しぶりにパリ左岸のブラ歩きをした。サン・シュルピス教会前広場で古書市を開催中との事で、ちょっと見物することにした。広場には大きな噴水がある。その周りに大小のテントを張り巡らし、いろいろなジャンルの古書店が商い中であった。
 意外と思われるかもしれないが、パリには古書(古本)好きな人が多い。老若男女を問わずである。この日、既に大勢の本好きが集まっていた。ここでは本に限らずポスターや絵ハガキ、写真、本関連小物などを売る店もある。

 円安の事もあり、懐事情は何とも覚束ない状態だが、とにかく見て楽しむことを最優先にする。こちらのスタンド、あちらのスタンドと立ち止まっては棚に積み上げられた本を目だけで楽しむ。小脇に買った本を抱えた人が何とも羨ましい。
 もしあったら、少し無理をしてでもと気に留めていたのは、古い豪華客船関連の物。中でもメニューに目がないのだが、今回も空振りで少しほっとする気持ちもあり複雑である。ほんの少しだが手元に集めた客船のメニューがあり、時々取り出して眺めている。できたらコレクションを増やしたいと思う気持ちがある。一時間位ぶらぶらと歩き広場を後にした。

 

【パティスリーを覗く】
 古書市を離れ、路を一本渡るとバス停がある。そこのベンチでしばらく休憩することにした。最近足腰の衰えで少し歩くとすぐにベンチを探すようになった。カフェで座るのも良いが、一番便利なのはバス停のベンチである。
 このバス停のすぐ近くにボナパルト通り。この通りにはピエール・エルメの店がある。今ではパリ各地にある店だが、1号店はここだ。という事で覗いてみた。表のガラス窓にパリ・オリンピック競技種目である水球の絵が描かれてある。この店には今まで何回も来ているので外から店内を覗くだけにした。
 ヴュー・コロンビエ通りに出て、レンヌ通り方向へと歩く。通りにある大きなガラス張りに白い枠取りのあるパティスリーがMichalakである。人気の店でマレーにも店がある。どの商品も美味しいとの評判だが、私のお勧めはこの店の焼き菓子だ。時々買って食後のデザートにいただいているが本当に美味しい。特に旨いと思うのがマドレーヌだ。

 雲行きが怪しくなったので、レンヌ通りに出て27番のバスに乗りサン・プラシッドで下車する。レンヌ通りには長い行列ができる事で評判の老舗ブーランジェリーAu Pain Retrouveがあるが、バスの車窓から見るに留めた。
 私にとってサン・プラシッド駅は実に懐かしい駅である。パリに住み始めた頃、この駅近くにある語学学校アリアンス・フランセーズに通い世界各国から集まった若い人たちに交じってフランス語を習った。未だに一向に上達しないフランス語だが、同じクラスにいたスリランカ出身のサミ君とは時々会っている。とまあ、こんな取り留めのない話を想い出させる駅でもある。
 サン・プラシッド駅近くにパティスリーがある。オデオン界隈ビュシ通りにもある店Thevenin。サン・プラシッドの方が先にできた店だが、客が多いのはビュシ通りの方が上である。店作りに場所選びは不可欠、その後の成果に重要な要素となるという事だろう。
 この日、メトロ、サン・プラシッド駅界隈はパスしてサン・プラシッド通りをセーブル通りへと向かう。目的は人気の店、ブーランジェリー・パティスリー「ミル・エ・アン」に行くことである。
 サン・プラシッド駅からミル・エ・アンまでは歩きで5分位だろうか。途中に老舗ショコラトリーBeussent Lachelleがある。南米エクアドルにカカオ農園を持ち、ここで採れるカカオ豆を使った各種ショコラは長い間フランス人に愛されてきた。特にアイスが人気で夏場は毎日長い行列ができる。

 

【Mille et un ミル・エ・アン】
 パリ郊外、モントローに移り住んでパリの情報が減っている事を痛感したのが、この店ミル・エ・アンの評判を知らなかった事である。この店を教えてくれたのは息子で「韓国人経営の店で大変な人気だよ」との言葉だ。
 パリには過って韓国人経営のブーランジェリーが2軒あった。オペラ通りから少し入った角地の店とシャトレにあった店である。同じ経営者で私も何度か訪れたことがあり、特にオペラ店では餡パンを良く買った。
 結構賑わった店であったが、いつの間にか撤退。オペラ界隈の店は今、日本人経営のパティスリーとなっている。シャトレの店が今もあるのかは解らない。さらに言えば、その後韓国系のスイーツ店が増えて居るかどうかもわからない状態であった。
 という事もあり、パリの韓国系ブーランジェリーやパティスリーに余り関心なく過ごしていた。そこにこのミル・エ・アンのニュース、ぜひ行って見たいと思った次第である。

 ミル・エ・アンの前には既に長い行列ができていた。中にアジア、特に韓国系に見える人が多く思えたが、後から列に並ぶ人たちほとんどはヨーロッパ系の方々である。この事は予想外だった。
 店の構えは思ったより小さい。とりあえず中に入ろうと列の横から入店してみる。店に入ってすぐ右側にショーケースがある。ケースの中には品よく形造られた各種ケーキが並ぶ。ちょっと意外だったのはパリの有名パティスリーに劣らぬ丁寧に仕上げられたケーキの数々である。
 それもそのはず、この店のシェフ、Y・ヨンサンさんはパリの有名店グルニエ・ア・パンで修行された経歴の持ち主である。その後独立して現在の店をオープンした。2013年にはバゲット・コンクールで8位を獲得している。
 だが、何と言ってもこれだけの人気を保持しているのは、2023年、パリ・イル・ド・フランスのフラン・コンクールで最優秀賞を獲得した事。この受賞で現在の人気、地位を不動なものにしたと言われている。フランと言えば、フランス国民菓子のひとつと言われる人気菓子である。
 店のショーケース上段に、フランが置いてあるが、次々と売れていく。評判をとるという事は、このような状況なのだと、改めて感心した。フラン好きという人は多いが、正直いうと私はこのケーキをあまり好まない。特別の理由はないが、あの独特の食感と甘さが口に合わないとでも言えば良いのだろうか。実をいうと、フランのコンテストがある事さえ知らなかった。

 店の奥にはイート・イン席があり、既に満席だった。相変わらずショケース前には大勢の客が列を作っている。ケースの裏側では中年のマダムと若い男性二人が客の対応をしている。中の一人がヨンサンさんとスタッフの方が教えてくれた。
 何とか写真を1枚と思ったが、照れ性なのか「私は撮られるのが嫌なので、商品を撮ってください」と断られてしまった。と言いながら客の注文に対応、休む暇もない様子である。商品撮影も客と客の間、隙間を見てシャッターを押した。
 せっかくの機会、食後のデザートに何か買ってと思ったが、表に出て長い列に並び直すのも面倒。折を見て次の機会にと、店を後にした。

 ミル・エ・アンは評判通りの店であった。その人気の秘密は次回イートインに座ってお勧めのケーキを頂きながら解明したいと思っている。余りの客の多さ、忙しさにヨンサンさんと十分に話すこともできず、残念な訪問となってしまったが、次回の訪れを楽しみにしている。
 サン・プラシッド駅に向かう途中で、突然の豪雨にあう。通りにテーブルを並べた各店が慌てて片付けを始めた。そう言えば今年の初夏は異常に雨日が多い。ふと、雨の中でのオリンピック競技が頭を過った。残りひと月と20日足らずでオリンピックが始まる。期間中はテレビの前で過ごす事になりそうだ。

 


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