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小川征二郎

小川征二郎

フードジャーナリスト。現在パリに在住し、サロン・ド・ショコラ等のイベントや、パリの最新パティスリーを取材している。


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小川征二郎のパリ通信


Vol.155 パリ・ブレスト

 

フランスで「パリ・ブレスト」と言えば、まずは二つの事が思い浮かぶ。そのひとつは誰もが知っている有名な銘菓、パティスリーやブーランジェリーの定番菓子である。わが家の近くにある2軒のブーランジェリーにも必ずある。
 リング状のパイ生地の中に生クリームを挟んだあのケーキは、恐らく日本のどのケーキ屋さんでも売られているのではないだろうか。形ある物には定形と言われるものがある。お菓子の世界でも同様、それぞれの基本となる形がある。
 パリ・ブレストの基本形と言えばリング、あの輪である。パイ生地で作った輪の中にパイ・シューを挟んだだけの原型だが、パティスリーのアイデア次第で色々と変化し、独創的なパリ・ブレストが数多く作られている。誠に不思議なお菓子である。同じ名前でこれほどバリエーションが多いお菓子は他に類がない。

 今年行われたサロン・ドゥ・ラ・パティスリーの直前に行われたアンケート(Opinion Way社)によると「フランス人の一番好きなケーキ」ランキングで1位に輝いたのはフルーツ・タルトであった。2位はエクレア、ルリジューズ、3位はミルフィーユとなっている。さらに資料では9割の人がケーキをパティスリーで買っている、との回答している。
 同社2018年の調査では、より細かい結果を見ることができる。1位がレモンタルトで16%、2位はフルーツタルトで13%、以下3位フレジェ(苺タルト)12%、4位エクレア11%、5位パリ・ブレスト、6位ミルフィーユ、7位が同点でオペラとババオラムとなる。50歳以上の人はフルーツ・タルトを好み、35-49歳はレモン・タルト、18-24歳はレモン・タルトとエクレアを支持する結果が出ている。
 面白いのは私の住む近所のブーランジェリーで聞いた2軒のオーナー回答もほぼ同じだった。フランス人一般の人は、シンプルでクラシックなケーキを好むということらしい。個人的には店頭でよく見かけるケーキではあるが、パリ・ブレストが上位にランクされているのがちょっと意外であった。

 パリ・ブレストは1891年に開催されたフランス最初の自転車ロードレース「パリ・ブレスト」を記念して作られたという。自転車の車輪型ケーキとして知られる。一説にはこの自転車レースのコース沿道であるパリのロングイユ大通りのパティスリー「メゾン・ラフィット」の職人、ルイ・デュランが最初に作ったとある。
 パリ、ロングイユ大通りを検索してみるが、これに妥当する大通りは見つからない。私の検索不足ならお許し頂きたい。ひょっとしたらパリ郊外ラングイユにある通りでは。
 さらに検索を重ねた結果、新たな説が。これによると、パリ郊外のメゾン・ラフィット市のパティシエ、ルイ・デュランが開発したとされている。
 メゾン・ラフィット誕生説をとるなら、パリ・ブレストの生地に挟むクリームであるプラリネを加えたのは、レース参加者に体力を付けてもらうためであったともいう。
 いずれにしろ、この説を取るなら同名の菓子よりロードレースの方が先で、その後にケーキが作られた事になりそうだ。
 
 一方には1909年にパリとブレストを結ぶ鉄道開通を記念して考案された菓子という説を唱える人もいる。二つの都市を走る列車の中でパリ・ブレストが売られたという。
 ブレストはブルターニュの港湾都市、古くから軍港として発展した。パリ側はモンパルナス駅である。私がブルターニュを訪れたのはいずれも乗用車で、この鉄道を利用したことは一度もない。

 パリ・ブレストというお菓子については知っていたが、肝心のロードレース「パリ・ブレスト」については、そういうレースがある、という程度の知識しかなかった。

 不思議な年があるもので、今年はフランスの自転車ロード・レースに縁がある。7月、古い友人が久しぶりにパリを訪れた。息子さんが夏のバカンスをフランスで楽しむ旅に同行したという。サンジェルマンの行きつけカフェで旧交を温め、その後の旅スケジュールなどを聞いた。
 ワイン好きという事もあり、ブルゴーニュまで行き、そこでツール・ド・フランスの応援をしたいそうだ。ツール・ド・フランスが日本の一部サイクル・ファンに人気があるとは聞いていたが、まさか日本からフランスまでわざわざ応援に訪れる人がいるとは驚きである。
 そんなことがあった7月だったが、8月に入りさらに驚いたのは、日本にいる知人がロード・レース「パリ・ブレスト」に参加するとの事。ビックリする話である。この話を聞いてパリ・ブレストについて少し調べてみた。

 ロードレース「パリ・ブレスト」は4年に一度開催される人気のレースであるそうだ。全世界から凡そ6000人も参加者が集まり、今年は日本人が400人も参加するようだ。詳細に付いては、Googleなどで検索するのをおすすめする。真に意外な検索結果であった。
 これほど多くの日本人参加者がいるなど想像もしなかつた。私にとっては、少なくとも日本にお住まいの方より間近なでき事なのに、今までほとんど知らなかった。勉強不足である。
 さて、参加する知人をできれば応援したいと思っていたのだが、この期間体調を崩し直接の応援も対面もできなかった。結果は無事に完走できたそうだ。
 このレース、今年も出発はパリ郊外ランブイエであった。メゾン・ラフィットはランブイエの近くである。この事からも先の大通りの件はパリではないと思える。
 ランブイエはパリ郊外の静かな街、古い城があることで知られる。1975年に第1回先進国会議が開かれて、世界中に知られるようになった。宮殿で有名なベルサイユからの交通便で訪れる観光客、中でもサイクル好きの人たちが多い。

 お菓子の誕生には色々と面白いエピソードがついて回る。有名なタルト・タタンは19世紀後半、ホテルを営んでいたタタン姉妹がリンゴタルトを作る際、タルト生地を忘れてリンゴやバター、砂糖だけで焼いてしまったのが誕生のきっかけだそうだ。
 その他にも誕生秘話が数多くあると思うが、スポーツ・イベントがお菓子誕生と繋がる話はそれほど多くはないだろう。そんな意味でもパリ・ブレストは興味深いお菓子のひとつである。

 

 


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