小川征二郎のパリ通信


Vol.147 穏やかな年の明け

 

どんより曇り空の元旦、気温14℃と例年に比べ暖かかった。昨夜、恒例の大みそかの花火はフォンテンブロー宮殿を背景に華やかに打ち上げられた。長い間エッフェル塔で行われていたが、ここ数年フランスの名城からのテレビ中継で行われている。
 フォンテンブロー宮殿(フォンテーヌブローとも呼ばれる)については皆さんご存じの事と思うので詳しくは略させていただく。16世紀に本格的な築城が始まり、フランス歴代国王の居城として歴史にその名を残している。ナポレオンが居城した事でも知られ、その宮殿と庭園の広さはフランス第一と言われる。世界遺産にも登録され毎年大勢の観光客が訪れる。
 宮殿の回りには元貴族の館と言われた豪華な建物も多く、そこに住む人たちの末裔は今でも貴族の名残を留める様に映る。ちまたでは何となく気品があり、容貌も優れている人が多いと言われている。という事で、街全体にもそんな雰囲気が残るフォンテンブローだ。
 今年も世界各国からの大みそか中継が行われたカウントダウン風景である。日の出の早いメルボルン、香港、台北と続くが肝心の東京がない。どういう基準で選んでいるのか不明だが、とうとう日本は忘れ去られたかといささか残念に思いながらテレビを見た。

 いつもなら新年とともにソルドされるガレット・デ・ロワだが今年は異変が起きている。年明け4日がたっても、ここモントローのブーランジェリーでガレットを見かけない。その代わりクリスマス用に作ったブュッシュ・ド・ノエルが店頭に並び最後の売出しになっている。
 街にある全てのブーランジェリーを見た訳ではないので何とも言えないが、4日でこの状態はやはり異変と言える。実はパリのスーパーなどでもクリスマス用食品の在庫に多くの客が集まり、まとめ買いをしているとニュースで伝えている。特に冷凍保存の効く物に人気が集まっているとの事。世間でいう不景気も深刻化一途の様だ。
 わが家でも年の瀬にお付き合いでブュッシュ・ド・ノエルを買った。結果は見事にハズレ、クリームは固まり全体の食感はパサパサであった。ノエルの菓子はやはりノエルに食べるのが一番である。

 今年一番のガレット・デ・ロワは冷凍食品メーカー、ピカールの物、4日に夕食後のデザートとしていただく。解凍を忘れていたので、オーブンで凡そ45分温めた。その間テレビを見ていて焦がしてしまう。焦げた部分を取り除いていただいたが、いつもいただくパティスリーやブーランジェリー製のそれとは全く異なる別物になってしまった。それでもアーモンド餡はたっぷり残り、その部分を食べるだけでも十分に満足した。中のフェーブは陶製のミニ・アイスクリーム、初めて見る形で棚に並ぶコレクションに新味を添えている。
 実はこのピカールのガレット・デ・ロワはパティスリーやブーランジェリーなど、いわゆるアルティザン(職人)が作る物以外の大量生産業部門、例えばスーパーマーケットなどでフランス1位にランクインした。日本にもピカールはあるというので、興味ある方は一度お試しを。
 二番目にいただいたのはフランス中央部の都市ムーランのホテル・ibisのバー・カウンターに置かれたサービス用のガレット・デ・ロワである。結論を先にいうと大変美味しかった。
 どうしても欠かせぬ用ができて、ムーランまで出かけたのは週末、6日の金曜日。息子の運転でパリから南下する。オートルートA77はこの夏ブルゴーニュのサンセールやオセールに旅した同じルートでパリを出たのが3時過ぎ。
 周りの景色は当然の事で夏場のそれとは一変している。緑の畑は土丸出しの荒野と化し林の葉は落ちて枯れ木の景色が永遠と続く。冬の陽が落ちるのは予想より早く5時を過ぎた頃には暗闇の中。ライトに照らされるのコンクリートの灰色の道だけである。
 凡そ3時間をかけてようやくムーランに着いた。予約を入れていたホテル・ibisは駅からさほど遠くない場所にあった。この街のホテル・ibisはこぢんまりしていて日本でいうビジネス・ホテルのような佇まいである。何年か前にポルトガルの避暑地でホテル・ibisに宿泊したが、そこのホテル・ibisは大型ホテルであったのを思い出す。
 カウンターでカードをもらい、ロビーを通って部屋へ向かうと途中にバーがあり、そのカウンターに大皿に切り分けたガレット・デ・ロワが盛ってある。面白い趣向だなと見ていると、受付カウンターのマドマゼルが「どうぞいただいてください」と声を掛けてくれる。
 それではと皿の1個を取りいただいて見る。サクサクとした歯触りと甘味を押さえたアーモンド餡とのバランスが実に良い。
 聞くと、ホテルからさほど遠くない所にこの街で人気のブーランジェリーがあり、その店のガレットと教えてくれた。ついでにとその場所だけ聞いておく。
 
 部屋に荷物を置いて夕食に出かける。受付の女性にレストラン街を教えてもらい、その方向へと歩く。歩いていると教えて貰ったブーランジェリーがあり、営業中で店内に何人かの客の姿が。かなりの大型店だ。明日改めて来ようと外から見ただけにとどめた。
 この街で人気と言われる老舗のビストロは冬の期間は休業という事で、レストランやバーなどが並ぶアーケード街をブラブラと歩く。アーケード街を出てしばらく歩くと1軒のフレンチ・レストランが目に留まる。
 店の名前はル・パティオ・グルマン。近くにイタリア・レストランがあるが、表に貼ったメニューを見るとピッザとパスタが主な店で、それではとフレンチを選ぶことに。
 入り口近くのテーブルに6人の先客がいた。インド系と思える若い女性スタッフに案内され二人掛けのテーブルに座る。シンプルなインテリアの店内に他の客はいない。届いたメニューの中から、私は余り食欲がなかったので前菜なしに、メインの子牛アントルコート・ステーキを、息子は前菜に白ブーダンに茸入りパイ、メインはアントルコート・ステーキを選択。ロアールの赤ワインを注文する。
 先の女性が息子が選んだ前菜を二皿に分けて運んでくれる。野趣たっぷりの茸がパイの味を引き立て、さらにシェフ特製のソースが風味を盛り上げ真に美味であった。シェフの配慮に感謝した次第である。食事の間に客が二組来店し、店内が賑わい始める。いつの間にかスタッフの女性も一人増えていた。
 少し風邪気味でもあり少量のワインで帰りは千鳥足。ホテルに帰り着いて部屋に上り、服を脱いでそのままベッドに入ってバタンキューであった。
 翌朝ホテルで朝食を取り、9時にチェクアウトして昨日教えて貰ったブーランジェリー方向へと歩く。途中にお洒落なパティスリーがあり、ガラス張りの外から店内を覗くと美味しそうなケーキがショーケースの中に並べてある。
Samuel JAUD サミュエル・ジョード
 入り口前に立っと自動ドアが開いたので中に入る。販売担当と思える女性とパティシエの制服を着た二人が打ち合わせ中だった。「店を見せてください」と尋ねると「どうぞどうぞ」と女性が笑顔で応答してくれる。その場の雰囲気から、どうやら責任者の一人でもある様だ。
 ついでに店内撮影の許可もいただく。この段階で店内には客は居ない。撮影の主旨を伝えると「うちの店も日本の皆さんに知って貰えるの、嬉しい」とさらに笑顔が増す。
 明るくモダンな設計の店内、右側にⅬ字型のショーケースとレジがある。左側には棚がありクリスマス飾りとブュッシュ・ド・ノエルなどが並ぶ。その前にはモミの木飾りが置いてあった。
 ショーケースの中央部にガレット・ド・ロワがある。焼き加減が何とも美味しそうだ。その左側に各種クッキーの焼き菓子とクロワッサン、パン・オ・ショコラなどのパン類。それぞれにボリュームもあり、作りも丁寧で食欲をそそる。ほんの少し前にホテルの朝食でクロワッサンをいただいた事を忘れるほどの魅力ある出来上がりだ。
 右側には凡そ11種類のケーキが並ぶ。それぞれに見栄えも良く、丁寧に作り上げられた数々の品は作り手の意志を反映したかに見える。一品ずつに材料を表記しているのも安心感を与えてくれる。

 サミュエル・ジョードさんはまだ若手のオーナー・シェフ。ジャン・ポール・バデ氏の下で15年間パティシエのノウハウを学ぶ。その間世界各国の都市を回り菓子作りの修業を重ねる。カナダで働いた経験を元に独自のレシピを開発して独立、2年前ムーランに現在の店を開店した。
 モダンで甘みを抑えたパティスリーを提供するをコンセプトに作られている。その風味や作品の名前は様々な旅をインスピレーションに考案されたそうだ。実際、ショーケースに並ぶ各種ケーキは美しくモダンだ。地方のブーランジェリーで良く見るケーキ類とは一味もふた味も異なる洗練されたものだ。
 店のマダムの話ではムーランは人口の割にはブーランジェリーが多いそうだ。そんな中でパティスリーとして成功しているのはシェフ、サミュエルさんの力量によるという。
 そうこうしている間にお客が増えて来た。殆んどの客がパティスリーを選んでいる。この時間帯だと地方の店では珍しいのでは。それだけ人気の店だと思えた。残念だったのはサミュエルさんの写真が撮れなかった事である。
 ガレットが美味しそうなので帰りに買ってと思ったが、車での旅がまだ続くので今回は諦める事にした。ムーランにはまた来ることがありそうなので次回の楽しみに残しておく。ホテル受付の女性に教えて貰ったもう1軒のブーランジェリーは、外から見ただけで今回はパスしてしまった。
 それにしても地方侮るなかれと改めて思った。フランスは昔から地方文化が育ち住民がこぞってその文化を守る伝統がある。パリだけがフランスではない、この意識がある限り地方文化が衰退する事はないだろう。

 11日から冬のソルドが始まった。という事で11日パリに出かけた。日本でもそうだと思うが多くの人がこの日を待って一斉にソルドへと買い物に出かける。倹しい市民にとっては年に2度のこの行事はかけがえのない時期でもある。
 ギャラリー・ラファイエットやプランタンを始め大型モード店が数多く集まるオスマン界隈は買い物客でお賑わいの様相である。高級ブランド・ロゴ入り袋をさげた観光客もクリスマス期以上に多く見受けた。
 私の関心はギャラリー・ラファイエット食品館のガレット・デ・ロワ。有名パティスリーが数多く出店し、売り上げを競う様子を見るにはここが一番分かりやすい。店内は大勢の客でメゾンによっては長い行列ができていた。
 入り口近くからダロワイヨ、ピエール・エルメ、順不同だがピエール・マルコリーニ、ヤン・クヴールなどなど日本でも知名度が高いパティスリーのコ―ナーにそれぞれ個性的なガレットが並ぶ。
 今年の公現祭、フランスは1月6日が祝日に当たるが、ヨーロッパでは1月8日を祝日とする国もある。祝日は過ぎたとは言え、どのスタンドでも買い物の中心はガレット・デ・ロワといった感じで売れている。
 
 恒例のガレット・デ・ロワ・コンクール、2023年1位に輝いたのはパリ郊外にあるブーランジェリー、パティスリーのMaison Marquisだった。シェフのAKIMさんはモロッコ系のフランス人である。
 2位に選ばれたのがChez MEUNIER、パリ13区にあるパティスリ―、ブーランジェリーで、実はこのレポートで紹介しようと思っていた店である。やむ得ぬ事情で地方へ何日か出かけるため店への訪問が出来なくなり残念に思っていた。
 そのスタンドがガレット専門のコーナーとして食品館に入店していたのはラッキーという他にない。大勢の客が並び次々と買っていく。通常ガレット・デ・ロワは円型がほとんどだがChez MEUNIERでは大型方形のガレットを作り、客の注文により切り分けて販売するという方法を取り、これが見事に当たっていた。もちろん円型のスタンダード形も売っている。
 ビジネスはアイデア、を見事に実現した。スタンドの奥には数席あるイート・インも併設している。数多くある有名スタンドだが、ガレット・デ・ロワに関してはシェ・ムニエの勝利と言えそうだ。

 


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