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小川征二郎

小川征二郎

フードジャーナリスト。現在パリに在住し、サロン・ド・ショコラ等のイベントや、パリの最新パティスリーを取材している。


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小川征二郎のパリ通信


Vol.125 2021パリ農業見本市が中止になった。

 先週の事、テレビのスイッチを押したら画面に広大な建物内部が映し出されている。何となく見たような景色。画面が変わり同じような屋内光景が映し出される。こちらも見た記憶がある。更に画面が変わり、ひとりのムッシュがインタビューに答えている。

 この方、パリ農業見本市の開催責任者「開催にこぎつける様努力を重ねたが、今回は中止を余儀なく、残念」とマイクに向かって話している。会場費、多くのスタッフを含む人件費と開催中止による被害額は計り知れないとの事。無念の表情が画面からも伺える。

 

 パリ農業見本市(農業博)は年に1回、毎年2月から3月にかけて開催されるフランス最大の農業イベントである。この稿でも殆ど毎回紹介しているので、詳しい事は割愛させて頂くが、恐らくフランス農業従事者にとってもこの中止は大変なショックであったと思われる。

 会場はパリ南部ポート・ド・ヴェルサイユ国際展示会場、東京ドームの凡そ3倍の広さに六つの大小パビリオンを使って開催され、期間入場者は60~70万と言われている。フランスの農、林、水産、酪農などあらゆる部門が参加するイベントだ。

 毎回フランス大統領が訪問、会場を回りながら参加者と会話を交え、農業を支援する事でも有名。その他閣僚、地方出身政治家も必ず訪れ、地元ブースなどを回りながら支持獲得に励むとも言われている。フランスは農業大国、農業は国の柱と位置付けるお国柄、このイベントが如何に大切な場であるかがわかる。

 パリ市民もこのお祭りを楽しみに春を待ちわびると言われている。家族連れでフランス各地の名産品を買い求め、会場に設置されたレストランで各地の味を楽しみむ。そんな楽しみが今年は中止になったのだ。

 私も長年会場を訪れた一人、今年行けなかったのは本当に残念だったと思っている。興味あるフランスの地方物産を知る機会にはここが一番の場であった。各地のワインや地酒を楽しみ、それぞれに味の違うチーズ、ハム、ソーセージを摘まむ。特設レストランでは地方から訪れたお百姓さん達とテーブルを同じくし、地元の自慢話を聞き、料理を頂いた。

 長年通った事もあるが、ここ数年個人的にはマンネリ化しているなと思ったりもしていた。その理由は出展企業が同じで新味が薄れ、見る側に刺激が無くなっている。地方によっては出展数が減ってきたなどなどが挙げられる。

 それでも毎回多くの入場者が集まる巨大な展示会、間違いなく意義ある国民の祭典である。この会を楽しみに田舎からパリ行を目指す人達も多いそうだ。

 

 いざ中止の話を聞くと、今迄意識もしなかった色んな思いが過る。このサロンでは各種農産物、例えばワインやチーズ、加工食品などのコンクールがあり、その中から今年一番の品が選ばれ、MEDAILLE D’ORの称号が授与される。国内外数多くある各種コンクールの中でも、この農業博での受賞が一番権威あると言われる貴重な賞である。

 実際、賞を取ると各国からの注文が多いと言われ、ビジネスに多大な影響を与える。生産者にとってこの賞が無くなったのは大変な痛手である。

 今年はその1位ワインが飲めないしチーズも頂けない。賞にそれ程拘る訳では無いが、それでも毎年1位又は2位のワインを1本買って帰り、夜の食卓で楽しんだ。会場でのトロトロに溶けたチーズと分厚く切ったハムを挟む、あのサンドイッチ立ち食いも今年は出来ないのが残念だ。

 カリブ海に浮かぶマルテニックやグァードループの名産、トロピカル・フルーツ入りのラムパンチも飲めない。その酒に酔い、エキゾチックな唄や踊り楽しむ陽気なカリビアン達。そのダンスやミュージックも見れないと思うと何となく悔やまれる。例え1回の開催中止でも失くしたものは大きい。

 

 それにしても新型コロナが人々の暮らしに、これほど迄の悪影響を及ぼすとは。フランスでは今もレストラン、カフェ、映画館、美術館などの娯楽の場、憩いの場は閉じたままの状態である。外国人観光客も入国できず、ホテルも休業、おまけに夜の外出禁止状態も続いている。追い打ちをかける様に新たな変異種ウイルスが拡大してきた。

 結果から言えば農業見本市の中止は当たり前の事であったのかも知れない。願わくは2022年に再び開催出来るよう、今はそれを待つしかない。

 

 先日、パリ1区にあるMaison de la Nouvelle Aquitaineの前を通った。ここはアキテーヌ地方のアンテナ・ショップ的存在。この地方のツーリスト・オフィス、物産展示(一部販売)をしている場所、事務所である。

 パリ農業見本市でもアキテーヌ地方は人気が高い。フランス南西部に位置し海山の産物に恵まれている。フランス物産の宝庫と言われる地域がこのアキテーヌなのだ。サロンでも会場ブースが広く、各種物産出展数も他の地方に比べ多い。

 ボルドーを中心としたワイン、海岸部では海の幸に恵まれ、特に牡蠣の生産が盛ん。ランド地方ではあの有名なフォアグラが作られ、ペリゴールではトリュフも採れる。世界三大珍味と言われるフォアグラ、トリュフ、キャビアの内、2種類がこの地方にあると言う事実。食の宝庫と言われる事が納得できる。

 そのパリ・メゾンがオペラ通りから少し入った横道にある。隣りはクロネコヤマトのパリ事務所、近くにジュンク堂もあり、パリ在住日本人にも馴染みの場所である。時々この場所前を通るが、メゾンには日本人客も結構訪れている。

 コロナ禍での休業期間や農業見本市の中止で、危機感を持ったのかアキテーヌでも新たなキャンペーンを始めた。パリ・メゾン前に飾った長い広告ボードには「アキテーヌ物産を買いましょう」のコピーが書かれている。この日は準備中で中に入らなかったが、機会があれば是非覗きたいと思っている。

 そう言えば17世紀の頃、スペインから始めてフランスにショコラが持ち込まれたのがこのアキテーヌ地方と言われている。今でも有名ショコラ店が数多くある。

 

ラ・メゾン・デュ・モチ La maison du MOCHI 

 フランスで日本食ブームと呼ばれる様になって少なくとも20年位は経つ。最初にブームと言われたのは寿司。灯を点けたのは中国人によるパリでの寿司店である。寿司、串焼き、天ぷらの三点セットで瞬く間にパリを席巻、ブームを作った。

 経営は中国系のフランス人で店の名前は日本各地の地名をとった。名古屋、富士、千葉などの名前を付けた店が次々と登場する。日本レストランで働いていた中国系の人達が寿司や焼き鳥、天ぷら作りを覚えて独立。セットメニューで廉価、店員は法被を羽織り、日本レストラン風に仕立て、来店客には「いらっしゃいませ」の日本語挨拶で迎える。

 知日家フランス人なら日本人と中国人の見分けもつくが、そうでない多くのフランス人は日本人の店と思い通うようになる。フランスレストランやカフェでも外国人を従業員として採用するお国柄、店のオーナーが何国人か解らなくてもなんら不思議ではない。

 その後に来た日本食ブームがラーメンである。その前に漫画ブームが起こるが、これは食品とは関係ない。只、漫画ブームを契機にフランスの多くの男女若者が日本に行くようになる。

 日本滞在中に日本の味を覚えたフランス人がフランスに戻り、仲間を誘って食べに行く。ラーメン・ブームの影の立役者となった。日本からの進出も増えて、行列店が話題となる。ここまでは間違いなく一種のブームと言えるだろう。

 ブームとは辞書によると、あるものが一時的に盛んになる。又はにわか景気とも言われるとある。只、どの程度の数字を言うのかは定かでなく、実態が掴みづらい。その後も色々と日本の食に関するブームなるものが巷間伝えられてきた。

 お好み焼きの店が出来てパリでお好み焼きブームと日本のネット・ニュースなどで報じられたり、今ではおにぎりブームなどと言った言葉を見かけるようになる。

 

 

 パリに餅専門の店が出来て、フランス人の間で良く売れていると言う。場所はパリ6区、シェルシュ・ミディ通りと言う事でこの店を訪ねて見た。4~5年前の事だが、セーヴル通りから横道に行ったピエール・ルロウ通りに和菓子の店が出来て大福などを売っていると言うので、早速見に行ったが残念ながらその時店は閉まっていた。

 セーヴル通りとシェルシュ・ミディ通りはそれほど離れていない。ひょっとしたらあの時見に行った店が引っ越したのかと思ったりした。

 メトロ、サン・プラシッド駅で下車して、エスカレーターで地上に出ると、レンヌ通りに出る。そのレンヌ通りから横に入るようにルガール通りがある。レンヌ通りを背にしてその道を真っすぐ歩くとシェルシェ・ミディ通りに辿り着く。

 その通りの39番地にラ・メゾン・ドュ・モチがあった。お洒落で、こじんまりとした店、通りからガラス越しに店の中が見える。中ではスタッフの女性がフランス人客に対応中。入り口右側にショーケースがあり、その中に各種餅が並べてある。

 柚子、抹茶、小豆、レモン、ゴマ、ピスタチオ風味など12種類の餅、見方によっては餅と言うより薄皮の和菓子とも言えそうだ。ひと口大サイズの大きさは4cmとの事。餅の表面には刻印が押され薄く粉が振りかけてある。

 値段は1個3,5ユーロ。店内で頂くと4ユーロ、結構な設定と思ったが次々と売れていく。一個一個手作りとあれば妥当な値段なのだろう。

 私が訪ねた時、スタッフの女性がひとりで客に商品説明をしていた。客注文の商品を箱詰めしてその後レジへとひとり仕事、超多忙の様子である。その間に私の問いかけにも気持ち良く答えてくれる。

 写真撮影も了解してもらえた。店内には丸テーブを置いたイートインもある。普段はここで飲物と餅が頂けるがコロナ禍の今は店内飲食は禁止である。ひとりの客が入店し、買い物をすませて外に出ると、外で待っていた別の客が入店する。距離をとっての買い物と、今のパリは殆どこの状態である。

 

 ラ・メゾン・デュ・モチのオーナーはマティルダ・モットさん。ご主人の東京赴任に同行して日本滞在の経験をされたそうだ。日本滞在中に餅の魅力にとりつかれ、帰仏後フランス、ロワール川流域の古都トゥールに厨房を作り餅作りを始める。

 2016年、オンラインショップで餅の販売を始める。これが好評で売り上げが徐々に増えて行く。餅は全てマティルダさんの手作りだそうだ。

 2019年、念願の店をパリ6区に作る。私が訪れた店である。現在、商品はトゥールの厨房で作り、毎日パリに送るシステムだそうだ。更にパリ3区マレーのトュレンヌ通りに2号店をオープンする。通常マティルダさんはトゥールの厨房で仕事されているそうだ。ここまでは店のスタッフの方に聞いた話である。

 次々と客が来るので、私も餅4個を箱詰めにしてもらう。時を同じくして二人目のスタッフが出勤。ドアを押して外に出ると店の前に列が出来ている。評判通りフランス人客が多い。

 店の隣はフランスでも有名なショコラ店のひとつア・ラ・メール・ド・ファミーユの支店である。150年の歴史を持つ店と2年目と言うスイーツ店が並び、新しい店の方に行列が出来る。ビジネスの面白さと不思議を感じながら通りを後にした。

 

 家に帰り、夕食後のデザートに緑茶で今日の餅を頂く。柔らかな薄皮に包まれた胡麻味と柚子味を食べ比べる。上品和菓子の様な作りのその味は、柔らかな柚餅子の様でもあり、トルコのお菓子ルクㇺの様な風味でもある。

 食べ終わった後、無性に日本の餅が食べたくなった。中の餡は小豆の旨味がストレートに伝わる粒餡を、ヨモギ餅も良い等と夢を膨らませた。

 コロナ禍でフランスのスイーツ界も大きな痛手を被っている。休業は免れたがお客の動きが鈍く、お負けにソーシャルディスタンスなどと言った面倒な決まり事。客の店離れが続いている。

 そんな中でも健闘しているのが日本の味を売る店。しかも単品で勝負できる強みはビジネスとして参考になる。これからも日本の味、何かがパリの市場で話題になる日が来るだろう。その何かに気づいて実現するのがフランス人かそれとも日本人か、今から楽しみだ。

 


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