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小川征二郎

小川征二郎

フードジャーナリスト。現在パリに在住し、サロン・ド・ショコラ等のイベントや、パリの最新パティスリーを取材している。


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小川征二郎のパリ通信


Vol.116 新型コロナ自粛解除へと向かうフランス

 新型コロナ問題が派生後、フランスでもあらゆる企業が自粛を余儀なくされた。辛うじて営業が出来たのは、日常生活維持に必要な薬局と食料品店、主食となるパンを作るブーランジェリ―、それに併するパティスリー。その何れをも所有するスーパー・マーケット位である。

 レストラン、カフェ、バーも閉店、同じように各種ブティックも営業禁止となった。この様な激しい規制を政府が出したのは、私がパリに住み始めて初めてのことである。

 政府は見えない敵との戦いと言い、臨戦対策を取った事になる。激しい外出禁止令を敷き、3月17日以降、人々の外出を禁止した。

 この事に付いては5月のレポートで触れた記憶がある。長い自粛生活で経済の低迷が懸念される様になる。一方では新コロナの感染者、死傷者増え続け各種規制も継続され続けた。学校も休校、通勤者も一部を除き在宅勤務と言う事で街に人の気配がなくなる。

 各種交通機関もマヒ状態で、パリではメトロも乗車制限や運行しない路線も出るようになる。私が住むモントローとパリを繋ぐ郊外電車も間引き運転、乗車制限と通勤者以外の一般市民は殆ど利用できない状態が続いた。

 

 5月11日から規制が一部緩和され、これまで外出時に義務付けされた自筆の外出証明書を不要と政府が発表する。新たに公共交通機関を利用する時にはマスク着用を義務付けする事になる。

 更にフランス全土をグリーン・ゾーンとレッド・ゾーンに色分けして、グリーン・ゾーンは各種規制を緩和、レッド・ゾーンは従来通りに規制を続けると発表した。

 同時に6月1日からはブティック、レストラン、カフェ、ホテル、一部娯楽施設などの営業を認める事となった。但し、レッド・ゾーンのパリ市やイルドフランス圏はカフェ、レストランなどの営業はテラス席のみを許可。公共交通機関に関しても従来通りの方針である。

 

 5月25日パリに出かけてみた。日曜日午後の便は比較的すている。郊外線の座席はシートを張った席と貼って無い席に分かれ、シート席には座れない様距離を取ってある。乗客はマスクを着用するよう義務付けられている。

 パリ、リオン駅に着きメトロ14番線に乗り換えると、ここでも座席は離れて座る様にシールが貼られていた。車内は思ったより空いていた。

 メトロを下車して路上へ出る。何時も人や車で賑わうオペラ通りだが、歩いている人の姿は本当に少ない。バスも乗用車も疎らで、まるでバカンス期のような街の静けさである。殆どのブティックが閉店。カフェもレストランも同様である。

 バカンス期のパリは観光スポットや盛り場は観光客で大賑わいするが、入国制限中の今観光客は殆ど見かけない。それらしい姿の人は、一部緩和で国内からパリにきている人達だろう。

 そんな人達を対象にしてのことだろう、カフェやレストランの一部ではテイクアウト専用の営業をしていた。客の店内入店は出来ないので、店の入り口にテーブルを置き、その上に食べ物や飲み物を並べて売っている。

 それにしても、カフェやレストランの無いパリは、まるで蝉のぬけ殻のような空虚で味気ない街と化している。まるで映画のセットを思わせる場であった。

 

  フランスは5月31日、ペンテコステ(聖霊降臨祭)の休日、日曜と重なったので6月1日月曜日が代休となった。政府は6月1日から自粛を更に緩和すると発表したが、実施は6月2日からとしている。

 パリでもレストラン、カフェのテラス営業が開始すると言う事で、前日からその準備に大わらわ。テーブル席の配置、確保とスタッフ総出で働く様子をニュースで伝えている。

 2日、お昼のニュースは再開したレストラン、カフェの様子を各局が報じていた。ニュースで見る限り、道路一杯にテーブルを並べた店に大勢の客が訪れ、久し振りの外食を楽しんでいる。街にも、店にも活気が戻ったように見える。

 とは言え、やはり自分の目で見ない限り臨場感に乏しく、どの程度の活気か実際の様子が上手く伝わって来ない。これらの様子は次回パリに出かけた折に、自分の目で見てお伝えできればと思っている。

 

 

 本当に長い外出禁止、就業規制の中、辛うじて営業出来たのは薬局、食料品、ブーランジェリー、パティスリ―などの3業種と先にも書いた。幸い、休業中も給料の84%を政府が保証する事で、コロナ問題不安の中でも、ある意味恵まれたフランス社会である。

 市民も不自由な生活を強いられる状況下、主食であるパンは何時でも確保出る様、政府は営業を許可。その事により国民の食への不安を解消している。それに答えたのがフランス中のブーランジェリーである。

 他の業種が休業中の中、さぞかし美味しい想いをしただろうと言う人も居る。ところが実態はブーランジェリー、パティスリーも売り上げは平月より落ちているそうだ。先ず、外出禁止でフリー客が減り、更にお得意先のホテルやカフェ、レストランの休業で固定数が大幅に減少した。

 ブーランジェリーやパティスリーで働く人も、休めば一様に国が保証をしてくれる。それでも早朝厨房に入り、せっせとパンを焼きケーキを作り続けたのは「この仕事を選んだ誇りと使命感」。インタービュに答えたあるブランジェの言葉である。

 改めて思ったのは、ブーランジェリー、パティスリーで働く人達への賞賛と感謝、高い評価である。上手く言えないが日本流に言えば「お疲れさま、有難う」の言葉だ。

 フランス、イタリー、スペインを始め、EU各国で医療機関で働く人々を称える運動が起こり、色んな形で応援が続いている。命と向かい合いながら、必死に働く人達の姿は人々に感動を与えた。

 多くの人の心の中に、医療関係者の姿が記憶される事だろう。と同時に食を絶やさない様頑張られた方々を同列に記し、評したいと思う。

 

 

ブーランジェリー・パティスリー、メゾン・テヴナン

 昨年9月、セーヌ通にあるカルフールに買い物に行った。入り口脇でカルトンのマダムとカルフールのマネージャーが、何やら楽しそうに立ち話をしている。時間は13時頃、何時もならカルトンが一番忙しい時間である。

 買い物を済ませ、同じ場所を通ると未だ話が続いている。あの忙しいマダムが、珍しい事だと、そんな風に見えた。帰りにカルトンの前を歩くとシャッターが下りている。なんだ、店が休みだったのかと思いながら通り過ぎた。

 ブーランジェリー、パティスリー。カルトンは6区のビュシ通りにある。次々と新しい店が出来るこの界隈で、いつの間にか古いと言われる店になった。私にとっては30年近くお世話になった店、この稿にも何回か紹介させて頂いた。

 ブーランジェリー激戦地と言われるこの界隈で、地元住民に愛し続けてこられたのは、味の良さもさることながら、店の表を仕切るマダムの手腕に負うところが多いと言われている。そんなマダムが忙しい時間に寛いでいた。

 

 デモで荒れるパリに久しぶりに出かけたのは、確か昨年の11月。何時もの様にビュシ通りに出てバー・ド・マルシェの方に向かう。何気なしにカルトンの方を見ると新しい店になっている。

 カルトンのマダムがカルフールで寛いでいた理由がやっとわかった。ご主人はめったに表に出ない方だったが、恐らく店を閉めて二人で引退、田舎に移り年金生活を始められたのだと思う。パリで商売をする多くの方のパターンである。

 

 新しい店の名前はメゾン・テヴナンとある。店構えはカルトンの時と同じようだが、白を基調にすっきりと纏まった、モダーンな設計。インテリア小物なども洒落たものを使っている。店に行列が出来ていたので、改めて来ようと思い、その日は前を素通りした。

 その後、ジレジョンヌ・デモ、続いて新コロナ問題とフランスの様子が激変する。パリへと出かける事も無く、ひたすら自宅で自粛生活を送る日々が続く。

 改めてパリに出たのは5月25日、未だ自粛規制が緩む前の事。薬の処方箋期日切れでお世話になっている診療所に出かけたのがパリ行きの理由である。フランスは医者の処方箋が無いと基本、薬局で薬を買う事が出来ない。

 良い機会なので気になっていたメゾン・テヴナンに寄ることにした。予約を取って無いので懸念したが、幸い撮影の許可を貰えた。

 店には行列が出来ている。店内外で客同士の密接、密着を避ける為1、5mの距離を取っている。フローリングの床に目印のテープが貼ってあった。ショーケースの台座には大理石を貼り、高級感を高めている。

 ふと天井を見上げると、ベルサイユ宮殿を思わせるお洒落なバロック風の天井画飾りが描かれてあった。

 店内では二人の女性が忙しそうに働いている。店の正面奥にレジがあり、今ではどの店でも共通となったプラスチック板の覆いがある。レジ前のケースには、クロワッサンやパン・オゥ・ショコラなど、更に各種キッシュが並ぶ。後ろの棚には多種類のパンが、客のひとりがパン・カンパーニュを4分の1に切って貰っている。

 お昼を過ぎた時間だがバケット、パン、サンドイッチを買う人が多い。それ等の人に混じって、ケーキを買う人も居る。店内右側には各種ケーキを置いたショーケース。中に季節の果物を飾ったケーキやタルトが美味しそうに並べてある。勿論、フレンチ・ケーキの定番も揃っている。

 上品に仕上げたケーキ類は見た目も良く食欲をそそる。作りての腕の良さを証明する商品の数々だ。その後ろの棚には各種ショコラ、焼き菓子などが飾ってある。棚に飾ったバラやシャクヤクの生花も洒落た演出だ。

 店内左側の棚は、サンドイッチやサラダなどの総菜コーナーになっている。カルトン時代ここはショコラのコーナーだった。レストラン、カフェが閉鎖中の今、お昼用のこれらの品々は一番の売れ筋、時流を読んだ見事な対応と言える。

 

 メゾン・テヴナンは1963年、パリ郊外モー市のフォーブール・サン・二コラでベルナールとジャニーヌ夫妻によって創業された。忽ち街の人気ブーランジェリーとなる。モ―市と言えば、あの有名なチーズ、ブリ・ド・モー発祥の地として知られる。

 1990年、息子のクロードが妻のヴェロニクとパリに進出。14区、ポルト・ドルレアンにブーランジェリー、パティスリーを設立。2007年にはベルナール、ジャニーヌ夫妻の孫になる、ジャンシャルルと妻アレクサンドラがパリ6区、サン・プラシドにパリ2号店を創業。更に2010年にジャン・フランソワがパリ14区ダンフェール・ロシュローに3号店をオープンする。

 2019年10月には今回訪れたビュシ通りに4号店となる現在の店をオープンした。何れも評判良く人気店となっている。白を基調の洒落たデザインの店舗、その中にはゆったりと寛ぎながら、お茶やケーキを楽しめるイート・インがある所もあるそうだ。

 

 パリの4店舗を合わせると現在70名の従業員がいるそうだ。何れも店の看板にTのロゴを使っている。経営者、従業員を含めて企業と言うより家族と言う絆をモットーに成り立っているそうだ。

 社員の教育を最も大事にして、社内の育成に力を注いでいる。それに加え、パン職人、ケーキ職人、販売員、全ての資格免状(CAP, BEP, BAC PRO… フランスの中学と高校、専門学校卒業ディプロマ)獲得に社を挙げて協力、奨励している。

 メゾン・テヴナン社が更に力を入れているのがサービスの向上だそうだ。最高級の商品を作るのは勿論、一流の接客を目指している。出来上がった商品を、最適な状態でお客にアドバイス、提供できる様、日々研鑽しているそうだ。

 

 予約なしで訪れた私に、気持ち良く応じてくれた事ひとつを取っても、会社の姿勢がうかがわれる。次々と訪れる客への対応の合間に、嫌がる事無く接して頂いたスタッフの方に感謝。出来る事ならビュシ店以外の店にも行って見たいと思っている。

 

MAISON THEVENIN

住所 6 Rue de Buci 75006 Paris

 


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