小川征二郎のパリ通信


Vol.60 ラ・メゾン・デュ・シュー

ラ・メゾン・デュ・シュー

 久しぶりの日本はアベノミックスで好景気、と、各種メディアが浮かれていた。新聞、テレビ共に景気上昇を毎日のように報じている。久しく聞けなかったこの言葉、救いの神の託のように心地よく聞こえてくる。半信半疑のままも事実なんだろうなと思ったのが正直な気持ちである。

 街頭でテレビのインタビュに答える皆さんの反応もにこやか、屈託が無い。株価も日々上昇しているようだ。都内のデパートでは高級品が売れ、新築マンションも次から次えと売れているとレポーターの女性が伝えている。円安で大企業も大いに潤い始めていると語る経済評論家の方たち。通信社の世論調査によれば内閣支持率が70%を超えたそうだ。海外特にヨーロッパに住む者にとって想像を超える数字である。この渦の中にいると不安は無いのだろうかとつい思ってしまう。50%を挟んで拮抗するのがフランスなどの通常の民意、日本の世論調査会社、方法はどの様になされているのか興味深い。

 

 輸出企業の利点をあげるメディアだが、輸入に頼る業界は如何であろうか。円安になれば海外から買っている色んな物が高くなる。仕入れが上がった分が商品に反映され、消費者に影響が出るのは必定、アベノミックスで景気が良くなったとは言えそれほど消費が伸びるとは思えない。ひとり懸念するところである。

 

 今回もアパレルを初め飲食関係の方と会い、お話を聞く機会があった。メディアのはしゃぎぶりとは裏腹に、アベノミックス効果はこの方々には別世界の出来事に写っているようだ。消費者は買い控え、金融機関の貸し出しもいっこうに緩まず、先行きに光明が見えないと言う方が多い。こういう声が公に聞こえて来ないのも不思議だ。メディアで日々報じられる出来事とのあまりの違い、何ともちぐはぐな評価に驚かされた。

 

 滞在期間中はいつもの様にデパ地下巡りに勤しんだ。相変わらずの賑やか、活気に改めて日本人の食への拘りや好奇心、購買力の強さに感心させられる。東京以外のデパート巡りは出来なかったが、聞くところによれば大阪でも食品の売り上げが上昇していると言う。何はともあれ市場に活気があるのは良いものだ。

 

 デパート以外の食関連マーケットでは、新たな変化が出始めている。小規模商いにし、特色ある店作りをしている所が上手くいっていると言う。その例のひとつと言う事で、代々木上原の某レストランに案内して頂いた。テーブル席なし、カウンター8席だけの店で予約制。シェフが一人で厨房と表のサービスもこなしている。フランス、イタリア、ギリシャなどのエスプリを取り入れた洋風料理である。民家を改造した2階、1階はファッション・ブティックになっている。

 

 お客は殆ど30代以上の女性と見えた。中にシャンパンを2本明けた二人組みもいる。客単価は結構高そうだ。シェフと会話を楽しみながらゆっくりと食事を楽しめる心地よさが魅力なのだろう。日本に行くたび思うのはレストランで見かける女性グループの多いことである。おしゃれで高級と言われる店ほど女性客が多い。シェフの話によると此処でも昼夜を問わず女性客が多いそうだ。この方ここ以外にも2店経営され、何れも好調と聞く。

 

 レストランやファッション・ブティックの形態も徐々に変化しているに見える。こじんまりとして個性ある店をネットで検索し、又は口伝に訪れる女性たちが増えているそうだ。こういう店に共通するのは、女性の好奇心を如何に上手く擽るか、秘密はそんなところにあるようだ。

ラ・メゾン・デュ・シュー ラ・メゾン・デュ・シュー

 帰ったパリは新緑に包まれていた。爽やかな五月晴れを期待していたのとは裏腹に、今年はやたらと雨日が多い。気温も低く日差しも弱い。この天候、農作物育成に影響が出始めているそうで、早くも秋の収穫が懸念されている。

 

 今が季節の桐の花も開花が送れ、おまけに色合いも例年に比べ薄く淡い。近くにあるフュルスタンベール広場に在る桐の大木はこの界隈でも有名、花のシーズンになると花見に訪れる人が多い。広場の一角にドラクロア美術館があるので観光客もよく立ち寄る所、夏にはこの大木の木陰でミニ・コンサートが開かれる事でも知られている。

 

ラ・メゾン・デュ・シューラ・メゾン・デュ・シュー

 4月、この広場に面して小さなパティスリーがオープンした。店の名前はラ・メゾン・デュ・シュー、シュー・クリームの専門店である。本当に小さな店で、入り口左にカウターがありミニ厨房になっている。毎朝近くのレストラン厨房で焼きあがったシューを店まで運び、最後の仕上げをするのがスタッフのひとりパストーレさんの役割。運んだシューは籐で編んだ籠にならべられる。

 

 シュー・クリームの種類はナチュール、カフェ、ショコラの3種類だけだ。全てが手作りで、レストラン・パティシエの手でひとつひとつ丁寧に焼き上げる。出来あがったシューの皮は量産された既成のものとは一味もふた味も違う。その色合いを見ただけでも食欲をそそる。口に運ぶと程よい固さ、歯ざわりの食感が実に良い。

ラ・メゾン・デュ・シュー ラ・メゾン・デュ・シュー

 籐籠に並んだシューは中が空洞、お客の注文を受けてから注射器のような器具を使い新鮮なクリームを注入する。中に入れるクリームにも拘りがあり、鮮度は勿論甘みのバランスが抜群に良い。フランスでよく味わう甘すぎる感じのクリーム、その甘みをうまく抑えたシェフ自慢の一品だ。値段は1個1.70ユーロ、6個だと10ユーロである。

ラ・メゾン・デュ・シュー ラ・メゾン・デュ・シュー

 店の奥にイートインがあり、3卓のテーブルが並ぶ。ここではシュークリームを頂きながらカフェや紅茶が飲める。飲み物にもシェフの拘りがあり、街中にあるカフェのそれとは一味違いの物だ。サービスをしてくれたのはエマさん。アメリカ出身の方で英語、フランス語、スペイン語を自在にあやつる美しい女性、愛想も良く客への対応も申し分ない。

 

ラ・メゾン・デュ・シュー

 11時の開店と同時に次々とお客が訪れる。最初の客はアメリカからの観光客だった。小規模商いとは言えスタッフ二人だけで上手くこなしている。持ち帰り客も多く効率も良さそうだ。

 

 店のオーナーは正統派フランス料理で有名なレストラン、ルレ・ルイ13世のシェフでもあるマヌエル・マルティネスさん。MOF称号を持つ業界でも知られた方だ。このレストランは1610年ルイ13世が国王として宣言した場所である。


⬆︎TOP