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小川征二郎

小川征二郎

フードジャーナリスト。現在パリに在住し、サロン・ド・ショコラ等のイベントや、パリの最新パティスリーを取材している。


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小川征二郎のパリ通信


Vol.76 新感覚のブッシュリー ポルマール

 10月も終盤、街路樹の黄葉が急に増えてきた。時には落ち葉が風に舞い、街に秋の風情をましている。この月の25日を契機に冬時間となる。時計の針を1時間遅らせるだけで、朝夕の景色がころっと変わリ、暫くは体内時計との調整に苦労する。

   

 10月17、18の2日間、オペラ座近くのパッサージュ・ショアジーで広島フェアーが開催された。広島県の観光、物産を紹介する展示会である。週末ということもあり、訪れた人が主催者側の話では凡そ5000人近いとの事、実際狭いパッサージュに人が溢れるほどの人出であった。

 今回のフェアーは展示紹介がメインで、販売が出来ない出展企業も多かった。来客にとっては欲しくても買えないのは残念である。出展企業の側でも販売が出来ればより効果が上がった事と思うが、関税などの関係で実施出来なかったのであろう。

 物、方法によって販売出来た所もあり、又どのスタンドでもふんだんに試食出来たのは有難かった。広島を代表する新旧銘菓の数々、おかきに煎餅、醤油、味噌など老舗の有名品など、更に広島焼きの出店と郷土の味満載である。

 

 特に今回の目玉とも言うべき、広島銘酒の試飲会は大好評であった。10ユーロ払って特製のおちょこを貰い、手にリボンを結んでもらうと、出展どの蔵の酒でも試飲が出来る。大勢のフランス人がこの試飲を楽しんでいたが、この反応だけでも関係者は良い感触を得たと思う。今回のフェアーの目的のひとつは日本酒のヨーロッパ拡販があると思うので、特に女性層に受けていたのは最大の収穫ではなかろうか。

 今回のフェアー、パリっ子の反応は想像以上に良かった。広島と言えば原爆のイメージが強いが、この試みで新しい魅力の広島を感じたと思う。今後の課題は、これらの魅力ある商品を何処で売るかという事。パリには何軒かの日本食品店があり、そこでの販売も可能と思うが、店の数が少ないだけに限界がある。中国、韓国などアジア系の食品店もあるが、一番の問題はコスト競争だ。

 食の安全という意味では日本商品は絶対の評価を受けているが、反面高いという印象がある。今後、海外輸出の一番のハードルはコストを如何に抑えるかと言う事だろう。

 広島フェアーに続いて、出来れば他の県も今回のような催しをやって欲しいと思う。例えすぐに結果が出なくとも、こういう試みは必要だと思う。

 普段は人の通りもまばらで静かなパッサージュである。以前は通路の左右にいろんな業種の店が立ち並び、人の行き来も盛んで賑やかだった。理由は定かでないが、ここ数年シャッターを下ろす店が増えている。店の業種も次々と変わってきた。古くから在った味のある店が消えて行き、代わりにアジア系のレストランが増えている。時代の流れで仕方のない事ではあるが、古き良き時代の匂いが消えて行くのはやはり寂しいものだ。今回の催事で久しぶりの人出、パッサージで営む商店主達には良い刺激になったと思う。

   

 ギャラリーに間違えて入る人が多いという。訪れた時もそれらしい客が入ってきた。実は私もそう思った一人である。4、5年前は確かインテリア関連のブティック、何時の間にか店は閉まり、その後は長い間空き店だった。店の両サイドを道に挟まれ、理想的な物件だと思いながら次の借り手がいないのが不思議だった。

 久しぶりに店の前を通ったら、モダーンなギャラリーがオープンしている。と思ったのは私の思い込みで、実は新しい肉屋の登場である。恐らくパリでも珍しい新感覚の肉屋さんだろう。ポルマールはそんな感じの店だ。

 正面入り口を入ると、店の両サイドがガラス張りに、柔らかい自然光が店内を優しく包んでいる。窓の側には飾り棚があり、各種オブジェがバランスよく飾ってある。よく見ると生ハムの塊や牛肉をステーキ状に切った物などだ。ディスプレーの上手さであたかも工芸品のように見えるから面白い。これではギャラリーに間違えても無理ない訳だ。反対側の棚に付いた引き出しには数種類の穀物が飾ってある。

 正面に柔らかいカーブのカウンターがあり、スタッフの男性がお客の応対をしている。どうやら画廊と間違えて来た客のようだ。その客に店の説明をしながら生ハムの試食を勧めている。薄くスライスされた生ハムの香りが鼻孔をくすぐる。何とも言えない上品な香りだ。勧められるままに、その一枚を摘んで試食。少し甘みのある味が口中にひろがって行く。想像以上の旨さだ

 生ハムと言えば、スペインの代表イベリコ・ハムを思い浮かべるが、材料は豚肉である。
ところが、この店の生ハムは100%牛肉を使った物である。牛生ハム、スーパーなどの食品コーナーでは余り見かけないものだ。こんな珍味に出会えるとは思わなかった。

 カウンターの奥に冷蔵棚があり、そこに多種類のパッケージされた冷蔵肉が並べてある。加工されたハンバーグやカルパッチョ、タルタル・ステーキもある。肉の値段は1kgで20-80ユーロ。スーパーなどに比べる少し高めの設定だが、色々話を聞くと決して高くない事が解ってきた。

   

 ポルマール家が食肉牛の頂点を目指して、その冒険を始めたのは19世紀中頃からだそうだ。長い歳月をかけて遺伝子研究をかさね、現在の当主フランソワ・ポルマールとその息子アレキサンダー・ポルマールが究極の食肉牛ブロンド・ダキテーヌという品種を作りあげる。

 ギャロネーズ、ブロンド・デ・ケルシー、ブロンド・デ・ピレネーの3種をミックスした牛で、フランスで最も細やかな肉質を持った牛といわれる。

 ポルマール農場はパリから東方280kmのサン・ミエールにある120ヘクタールの農場。そこではブロンド・ダキテーヌ牛だけを飼育している。牛のストレスを最小限に抑え、特別のシリアル・ブレンドの飼料を使って飼育。その後食肉用として真空状態で4-8週間熟成させる。この熟成で牛肉の旨味を引き出す訳だが、この施設が-43℃、風速4mの特別冷蔵室だそうだ。この熟成状態をポルマールでは「肉の冬眠」と言っている。

 お奨めのカルパッチョ(4枚入り8.5ユーロ)をワンパック買ってみた。冷蔵庫に2日間入れて解凍、ビニールにナイフを入れて開くと上品なハーブの香りが広がる。薄くスライスした一枚に粗塩を軽く降って口に運ぶ、その美味しさにびっくり。魚のカルパッチョは地中海珍味のひとつだが、牛肉カルパッチョがコレほど旨いとは、驚く程の美味である。肉の旨さに加え何種類かのハーブの調合が真に良い。旨さを追求すると言う事はこういう物を作り出すのだと改めて感心した。急ぎの場合は水中解凍も出来る。これなら時間も早く、さほどの味の変化も無いそうだ。

 ポルマール店はサン・ジェルマン教会の裏側、パッサージュ・ドゥ・ラ・プチート・ブッシュリー通りにある。近くに画廊通りとして有名なセーヌ通りがあり、店の周りにも画廊やアンティック店が多い。そんな環境の中に誕生したのがポルマールのパリ1号店である。オープンして未だひと月の店だが、パリで最もおしゃれな肉屋として話題になること間違いない。オーナーは息子のアレキサンダーさんだそうだ。未だ25歳の若者である。


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